ある獣医病理学者のブログ

動物の病気あるいは死体の専門家からみた、色んな動物や科学に関すること

海外での話ではありますが先日ネットで、獣医師の自殺率が高いという記事が掲載され、
私のまわりの獣医師の間で少し話題になりました。

http://agora-web.jp/archives/2037191.html

(獣医が最も自殺する「職種」という話)

 

人の医師と比べて、獣医師は動物の死に直面する機会が圧倒的に多く、
安楽死の選択を迫られるケースもよくあります。

言葉を喋らない動物に代わり、飼い主が間に入って獣医師とやりとりをすることから、
動物の命を左右する立場に置かれやすいとのことです。

 

特に海外では動物の安楽死に使用する薬物を入手しやすいことから、
薬物による自殺は度々耳にします。

 

幸いなことに私のまわりでは自ら命を絶った獣医師はいませんが、過酷な労働環境や
過大なストレスから、心身に不調をきたしている獣医師は結構たくさんいます。

時間外診療や休日診療、深夜までかかる手術は当たり前という状況では、
体がいくつあっても足りません。
日中は普通に勤務した後に夜は入院動物の管理と気が抜けない毎日を過ごしています。

 

人の医療と比べ、獣医療では医療従事者(獣医師、動物看護師、トリマー)が
圧倒的に少なく、獣医師にかかる負担が大きいということもあるかもしれません。

 

動物病院の獣医師だけでなく、産業動物、保健所、実験動物、動物園や水族館などの獣医師も、
日常的に動物の死に直面しており、苦悩されている獣医師は少なくありません。

 

私も遺体を診る獣医師として日々動物の死と向き合っていますが、生前に
関与することがほとんどない分、まだ心理的な負担は少ない方だと思います。

それでも安楽死の場面にはたびたび遭遇し、
そのようなときにはやりきれない気持ちになることがあります。

 

病理解剖や死後検査の結果を依頼者である飼い主や臨床獣医師に説明するときには、
依頼者の気持ちを傷つけることがないように、後悔を残すことがないように、
かなり気を使います。

 

動物を病理解剖する目的は、第一義的には死因を明らかにして、動物と一番身近に
接してきた飼い主や畜産農家、飼育員のために貢献することにあります。

まずは病理解剖の承諾を頂かなければ何もできません。

死因を解明することで、飼い主にとっては死を理解して受け入れ、納得することに
つながりますし、畜産農家や飼育員にとってはその後の対策を立てることにつながります。

 

病理解剖の目的はそれだけではありません。

動物の病理解剖は、臨床獣医師の疑問を解消するためにもあります。

臨床獣医師は病気になった動物を前にして、症状を観察し、検査をして、診断をして、
また検査をして、治療をして、経過を観察して・・・と常に選択を迫られています。

 

それぞれにいくつもの選択肢があり、飼い主の希望にも応えながら、
常に動物にとって最良な治療となるように努力しています。

 

中には思うようにはいかないときもあり、何より診断や治療の結果がどうであれ、
いつかは必ず動物は亡くなります。

亡くなった動物、あるいは治療の施しようがない動物を前にして、
臨床獣医師にも様々な葛藤や苦悩があることは想像に難くありません。

 

病理解剖はそんな臨床獣医師の疑問に応えるべく、診断は正しかったのか、
治療効果はどの程度だったのか、予期しない副作用や合併症はなかったのか、
などといったことを明らかにするためにも行われています。

 

病気に打ち勝つためには、病気のことを知る必要があります。

そのためには、病理解剖によって全身臓器に起きている変化を
直接観察することが非常に大切です。

 

近年の飼い主と動物との関係の変化から、臨床獣医師からご遺族に対して
病理解剖を提案するのがなかなか難しくなってきています。

 

新しい診断技術や治療法が日進月歩で発達している現在、治療がますます複雑に
なっていることから、病理解剖の必要性はむしろ増しています。

様々な治療をしたにも関わらず不幸にして亡くなった場合、病理解剖をしなければ、
どの治療が良くてどの治療が良くなかったのか、確認することができません。

 

亡くなった動物を前にして病理解剖をするかしないか、これが第一のジレンマです。

 

飼い主の中にはご遺体にメスを入れられることに抵抗を感じる方が多くいらっしゃいます。

動物の病理解剖も人にならってご遺体に最大限の敬意を表し、できるだけご遺体を
損壊することがないように丁寧な病理解剖を心がけています。

動物は人と違って被毛に覆われているため、病理解剖によって切開した部分は
意外と目立つことがありません。

 

動物の病理解剖は、飼い主のためだけでなく、臨床獣医師のためにもあります。
病理解剖によって臨床獣医師の疑問に答えることができれば、動物の死から学び、
臨床獣医師の心の負担も軽くなり、その後に助けることができる動物も
増えていくものと思います。

そういった一つ一つの病理解剖の積み重ねが獣医学や獣医療の発展には不可欠であり、
人と動物がより良い関係、より良い社会を構築していくために大切なことです。

 

次にもう一つのジレンマ

それは、病理解剖をする場合、どこまで解剖するかということです。

理想的には脳を含めた頭部や手足の先まで、全身のあらゆる臓器をくまなく調べること
が望ましいですが、頭部の解剖は避けてほしいという声が多いのが現状です。

 

確かに動物では、人の主要な死因となっている脳血管疾患は稀です。

ただし、胸部や腹部の臓器だけを調べても原因が分からず、後になって脳に病変が
あったのではないかと思われる事例には時々遭遇します。

 

実際、生前には診断できなかったものが、死後の病理解剖によって脳に感染症や腫瘍が
見つかることもたびたびあります。

そのような症例の胸部や腹部臓器だけを観察していたら何も異常は見つからず、
脳まで調べておいてよかったということが少なくありません。

 

私が病理解剖をさせていただくときもご家族の意思は尊重しますが、
脳は極力摘出させていただいています。

病理解剖後にご遺体をお返しした際には、
脳まで摘出したとは思えないくらいだと言っていただけることが多いです。

 

現状では、病理解剖の多くは臨床獣医師が実施していることと思います。

臨床獣医師が病理解剖を実施する際には、三大見落としやすい臓器があります。
1.
脳・神経系、2.内分泌・感覚器系、3.運動器(筋、関節、骨)

(ただし、分かりやすいように無理やり3つにしています)

 

これらの臓器が病理解剖の際に検索されていないことが多く、実際には胸部と腹部の
いわゆる五臓(心臓、脾臓、肺、肝臓、腎臓)と消化管だけを観察して病理解剖に
満足されている臨床獣医師が少なくありません。

 

見落としやすい3大臓器が死亡とは直接関連していない場合も多いですが、
これらが検索されていないばかりに、病態の把握が困難となることも多いです。

ひどい場合には、リンパ節と思って摘出されたものが、病理で見てみるとそれが
甲状腺だったり、唾液腺だったりすることもあります。

 

そう考えると、病理解剖は臨床獣医師が片手間にするのではなく、
遺体の専門家に委ねてほしいと思っています。

せっかく大切なご遺体の病理解剖をさせていただくのですから、
その死から最大限を学び取る努力をしたいものです。

 

以上、動物の病理解剖するときの二つのジレンマ
1.
病理解剖をするかしないか、2.どこまで病理解剖するか

を取り上げました。

 

獣医師の職域は広範囲にわたりますが、どの分野にいてもそれぞれに苦悩があります。
しかし獣医学部に在学中は、なかなか現場の現実を知ることができません。

獣医師の心のケアも含めて、獣医学教育にはまだまだたくさんの
改善の余地があるものと思います。

 

獣医師の現実を一般の方に知っていただくことも、
獣医師の現状を変える
きっかけになります。
私は獣医病理学専門家の立場から、動物の病理解剖を必要性を一貫して論じています。
死が身近な存在ではなくなっている現在、動物の「死」から学び、「生」へ
つなげる努力がいま求められていると考えています。
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昨年、国内では26年ぶりの発生となった豚コレラですが、畜産、行政はじめ
関係者の努力も虚しく、いまだ終息が見えません。
 

コレラという名前がついていますが、コレラ菌の感染に起因する
人のコレラとは全く別ものです。

豚コレラは豚コレラウイルスの感染によって起こる豚やイノシシの感染症です。

 

かつて「三日コロリ」と呼ばれていた人のコレラにならい、発症から数日でコロリと
死亡することから、「豚の三日コロリ」をなぞらえて
豚コレラと呼ばれるようになったのだと思います。

 

豚コレラに関して連日新たな報道がされていますが、

「人には感染しない」、「万一感染した豚肉を食べても問題ない」、

という言葉ばかりが目立ち、本質を見逃しているような気がしています。

 

もちろん人への安全が第一であることから、報道は間違いではありません。

それが実際にパニックや風評被害を抑える役割を果たせていると思っています。

人には感染しないので、豚肉の購入を控えたりする必要もありません。

 

豚コレラで重要なことは、豚の致死率が極めて高いことと、強い伝染性を持つこと

万一広い範囲に豚コレラウイルスが広まると、
国内の養豚に壊滅的な被害を及ぼす危険性があります。

 

豚コレラウイルスはいくつかの遺伝子型に分けられており、
分離株によって病原性に差があります。

現在問題となっている国内の豚コレラの発生状況をみていると、
病原性が極めて高いというわけではないのかもしれません。

 

しかし、病原性が低いことも問題です。

低病原性の場合、持続感染豚を見逃してしまい、知れないうちに
他の場所へ豚を移動させてしまうかもしれません。

そうして次々と感染が広まるうちに突然変異を引き起こし、
病原性が強くなるという可能性も否定できません。

 

私が一連の報道を見て感じていることは、国も国民も、
畜産にもっと目を向ける必要があるのではないかということです。

(ただし、マスコミの方も含め、実際に興味本位で畜産の現場を訪れることは
控えてください。知らず知らずのうちに病原体を運んでしまう危険性があります)

 

中にはたくさんの豚が殺処分されるくらいなら、畜産がなくなればいいという
極端な意見も耳にします。

しかし、畜産は国にとって重要な産業の一つであり、畜産業から得られる畜産物
(牛乳、牛肉、豚肉、鶏肉、鶏卵、蜂蜜など)は、私たちが生きていくうえで欠かせません。

 

現在、世界規模で人口が増加しており、特に発展途上国では経済発展に伴って
急速に人口がに増えています。

日本が過去に経験したように、経済が発展して国民の生活が豊かになると、
畜産物の需要が急速に拡大します。

 

人口増加によって食料が世界規模で不足すると、安定供給が困難となり、
食料の安全保障問題が生じることは日本も例外ではありません。

 

畜産物にはタンパク質、脂質、ビタミン、ミネラルがバランスよく含まれており、
健全な成長や発育、健康の維持には欠かせません。

 

畜産が重要となるのは、食料としてだけではありません。

畜産がなくなると、家畜の糞から堆肥を作れなくなり、
化学肥料に頼らざるを得なくなるかもしれません。


また、畜産物に伴って、可食部ではないたくさんの畜産副生物が生じます。

畜産副生物には、皮革製品、繊維製品、様々な原料、飼料、医薬品など、
極めて多岐にわたる用途があります。

 

かといって畜産物ばかりで良いというわけではありません。

野菜も果物も、穀物や水産物も畜産と同じくらいに重要です。

 

畜産物に限って考えても、豚だけ、牛だけ、あるいは鶏だけ、というのもよくありません。
輸入に頼ることも問題です。

豚で問題になった豚コレラですが、牛にはBSEや口蹄疫、鶏には高病原性鳥インフルエンザ、
作物には天候不良や自然災害といったそれぞれの問題があるため、
どれか一つだけを大事にすることには大きな問題があります。

 

大切なのは多様性

選択肢がいくつもあれば、何か一つに問題が生じたとしてもそれを補うことができます。

 

私たちは何をするにも、まず食料を得なければ生きていけません。

畜産、農業、水産は、国民が生きていくための根幹をなすものです。

 

一方で、畜産にも課題はいくつかあります。

1.感染症、2.後継者不足、3.動物福祉

 

1.感染症

これまで日本は島国という特性から、感染症の観点では
他国と比較して優位な立場にありました。

しかし、いまや人や物の移動が、国境も関係なく極めて短期間で可能となっています。

 

また、気候変動による温暖化や近年多発している豪雨被害といった自然災害も今後、
感染症の発生傾向に影響を及ぼすことが予想されます。

家畜の飼育形態も、年々大規模化が進んでいます。

 

以上のような要因の変化を考えると、広域かつ予想できない感染症が
いつ発生してもおかしくはないと思っています。

国や自治体、畜産関係者や獣医師は家畜の感染症を防ぐために、
これまで以上に危機意識をもって防疫を考えなければいけません。

 

2.後継者不足

畜産業の衰退や後継者不足が叫ばれて久しくなりましたが、世代交代が進んでいる現在、
ピンチはチャンスでもあるはずです。

 

国内の畜産の歴史は、まだそれほど長くありません。明治以降に近代的な畜産を
欧米から導入し、戦後の経済発展に伴って著しく発達してきました。

 

今後は地域の特性を活かした日本らしい畜産をさらに確立していけば、
地域の活性化にもつながると思います。

日本が欧米から取り入れてきたように、急速に経済発展をしているアジア諸国へ
日本の畜産技術を広げていくことも期待できます。

 

畜産をより発展させていくためには、他にも環境への配慮や、飼料の多くを輸入に
頼っている現状を変える努力も必要です。

環境負荷を低減させ、飼料もできるだけ輸入に頼らないようにする
資源循環型の畜産は、これからの社会にとって大切です。

 
3.
動物福祉

畜産業の近代化に伴って経済効率を優先させてきたこれまでの反省から、
動物福祉の考え方が注目されています。

ストレスなく家畜を飼育することは、結果的に病気がなく安全な畜産物の生産につながります。

そのような配慮をすることで、消費者にとっては安心して畜産物を食べることができます。

 

いまの畜産農家の方も、皆さん例外なく家畜に愛情を持って接して大切に育てています。

しかし、時代を取り巻く状況が刻々と変化している現在、人と動物がより良い関係を
築いていくためにも、畜産における動物福祉をもっと真剣に考えなければならない時が
きていると思います。

 

消費者の立場からすると、畜産現場との接点が乏しく、
動物の命との距離が遠く感じられることがあるかもしれません。

このことが、犠牲に感謝して食べ物をいただくという気持ちを
希薄にさせてしまっているものと思います。

 

畜産の重要性を国や自治体、畜産関係者がもっとアピールするべきですが、
消費者側ももっと畜産に関心を向ける必要があります。

私たちが毎日食卓で食べている食物には、生産者の思いが込められています。

それは多くの犠牲のうえに成り立っているのであり、それを考えたら
食べ物を粗末にすることはできるものではありません。

命の大切さに気づくことができれば、
自分や他者を大切にする気持ちも芽生えるのでは、とも思っています。

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先日、痛風持ちの父が病院の血液検査で高尿酸血症を指摘され、
ションボリして帰ってきました。

冬になるとあまり動かなくなるのと、水分をとらなくなるのとで、
尿酸値が高くなるようです。

 

尿酸は食物中または体内で産生されたプリン体の代謝産物で、
水分に溶けにくい性質があります。

血中の尿酸濃度が高くなると、血液中に溶けきれなくなった尿酸が
関節や腎臓などに尿酸塩結晶として沈着して、
臓器に障害を引き起こすことで痛風になります。

 

ただし、高尿酸血症が必ず痛風を引き起こすとは限らず、
痛風の発症にはいくつかの因子が関与しているそうです。

 

進化の過程で尿酸を分解する尿酸オキシダーゼという酵素を失ったことが、
人類が痛風に悩まされる原因であり、
痛風は人特有の病気という記事をたまに見ることがあります。

 

進化の過程における意味合いや痛風のメカニズムが人とは異なりますが、
動物にも痛風があります。

水分節約のために、窒素の排泄を水に溶ける尿素ではなく、
尿酸のかたちで行う鳥類と爬虫類です。

 

鳥類と爬虫類は、殻に覆われた卵から産まれてきます。

私たち生き物は生きている限り、必要なものを体内に取り入れ、
不要な代謝物は体外に排泄しなければなりません。

それは産まれる前の赤ちゃんにとっても同様で、
哺乳類では胎盤を通じて母体と物質のやりとりができます。

 

厚い卵殻を有する鳥類と爬虫類は、スペースが限られた卵の中だけで、
栄養分や老廃物の処理をやりくりしなければなりません。

窒素排泄物を大量な水分を必要とする尿素ではなく、
尿酸として排泄することで水分を節約するという利点があるようです。

 

また、まわりを豊富な水に囲まれた魚類や両生類とは異なり、
水場から離れて陸上に進出することで、
水分を節約しなければならなかったという意味もあるかもしれません。

さらに鳥類にとっては、空を飛ぶために体重をできるだけ軽くするためにも、
尿酸排泄の意味があったものと思います。

 

鳥類や爬虫類の尿としての尿酸は、腎臓から総排泄腔を経て排泄されます。

何らかの原因によって腎臓に障害が起こると、
尿酸をうまく体外に出すことができずに、
尿酸塩がいろいろな臓器に沈着して痛風になります。

 

痛風は大きく二つ

・関節やその付近に尿酸塩が沈着する関節痛風

・肝臓や心臓などの臓器表面や腎臓などに尿酸塩が沈着する内臓痛風

に分けられています。

通常は関節痛風か内臓痛風のどちらかですが、両方に罹患していることもあります。

 

最近、鳥類の痛風の症例を立て続けにいくつか経験しました。

鳥では産業動物としての鶏、ペットのインコ、特にセキセイインコに多く、
その他にはハクチョウやカモ類といった水禽でもよく見ます。
水族館で飼育されているペンギンも痛風が多い印象です。

 

痛風は腎臓からの尿酸排泄異常に起因することが多いですが、教科書的には
高タンパク質のエサ、水分不足、ビタミン
A欠乏、カルシウム過剰のほか、
鶏では遺伝やある種の感染症が原因となることがあり、
人と同様、多くの因子が通風の発症に関わっているようです。

 

適切な餌や飼育方法が確立されていない種では、餌や飼い方に問題があることも
あるかと思いますが、餌や飼育に問題がなさそうに見えても、あるいは
同じように飼っていても痛風になる鳥ならない鳥がいて、原因はよく分かっていません。

 

関節の腫れは外から見ても認識できることから、関節痛風に罹患した鳥
(特にセキセイインコ)をよく聞きますが、死後の病理検査の症例に限っては、
内臓痛風が多いと思っています。
そして
内臓痛風のほとんどは突然死、あるいは偶発的に見つかったものです。

 

この冬、いくつかの水鳥で内臓痛風をみました。

解剖すると臓器の表面に白いもの(尿酸塩)が付着しており、
腹膜炎などの感染症じゃないかと相談や依頼を受けることもよくあります。

 

尿酸塩が結晶として析出するのは温度と関係があり、人の足の親指に出やすいのも
温度が低かったり、または血流が少ないということも要因のようです。

これは鳥の脚に関節痛風が出やすいのも同様かと思います。

 

一方で、冬に死亡した水鳥には内臓痛風をよく見かけます(関節痛風もあります)。

鳥の内臓表面には広く気嚢が分布しており、野外で飼育されていることが多い
水鳥では冬の冷えた空気によって臓器表面が冷やされて、気温や血流の関係で
尿酸塩が沈着しやすくなるのかなと感じています。
ただしその背景には、
血中尿酸値の上昇につながるような原因も隠されていると思います。

 

関節痛風で亡くなる場合には、外見上明らかであることから、
死後に剖検される機会があまりありません。
一方で内臓痛風の場合には、
突然死のケースで剖検したら見つかることが
多いということもあり、
いずれにしても鳥類の痛風の原因や病態はまだよく分かっていません。

これは爬虫類も同様です。

 

亡くなった動物を死後にきちんと調べることで、生前の飼育を検証することができます。
治療をしていた場合には、臨床診断や治療の検証も可能です。

鳥類や爬虫類はもちろん、他にもいまだ適切な餌や飼育方法、
または治療法が分からない動物がたくさんいます。

 

一つの症例だけでは、死後に剖検をしても分からないことが少なくありません。

それでも一つ一つは小さいものの、それが積み重なっていけば、
そこから大切な情報が引き出せるのではないかと思っています。

 

死後の剖検によって生前の検証をする。

それは、これまでの動物の飼育や治療を振り返るうえでも重要であり、
残された動物たちがより良く生きていくための対策を考えるうえでも
非常に大切なことだと思います。

餌や飼育に問題があって病気になる動物をたくさんみていると、
自分の食生活や生活習慣も見直さなければと思います。
そうは思いながらも、年末年始に乱れた生活習慣をいまだに引きずりながら、
多忙な年度末に突入しようとしています。 

(下の写真は、痛風とは関係ありません。)
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