私は獣医病理学を専門とする獣医師で、生きた動物を診ることはありません。

動物の遺体、または病気になった臓器や細胞を調べて、様々な動物の病理検査、
病理診断をしています。

 

対象は伴侶動物、産業動物、実験動物、動物園・水族館動物、野生動物、魚類など、
ヒト以外のすべての動物たち。

困っている人や動物がいる限り、基本的にどんな生き物でも受け入れています。

 

以前、キリンに特有の突然死症候群を当ブログで取り上げました。

http://vetpath.blog.jp/archives/10854093.html

 

全国いろんなところから様々な動物の検査依頼をいただいていますが、
不思議なことに、なぜか特定の動物種の依頼が続くことがあります。

 

今月はなんかカエルばかりが続くかと思ったら、次は猛禽類ばかりが続いたり・・・

そんな中、最近カンガルーの病理検査が何例か続きました。

 

カンガルーは育児嚢をもつ有袋類の仲間で、オーストラリアやタスマニアに
生息しています。
日本では多くの動物園で飼育されていて、
気持ち良さそうに寝転ぶ姿がよく見られますね。

 

外から見た特徴は、立派な後ろ足と大きなしっぽです。

カンガルー科を意味するMacropodidaeは、
macro=大きな + Pod=足 + idae=科からきています。

 

内臓の特徴は食性を反映しています。
カンガルーは草食性。

大きく複雑にくびれた胃を持っており、そこで微生物による発酵を受けて
植物の主成分であるセルロースを消化しています。

牛や鹿のように4つに分かれた胃ほどではありませんが、それに近いかもしれません。

 

カンガルーに頻繁にみられる有名な病気として、
「カンガルー病」というのがあります。

そのまんまという名前ですが、俗称です。

 

口の中や歯の周囲が食べ物の硬い草などによって傷つき、そこから細菌が感染して
膿瘍や肉芽腫を作り、骨まで波及して顎がぼこぼこと腫れてきます。

ひどい場合は顔の形が変わるくらいに大きく腫れることもあります。

さらに、そこから肺や肝臓にも細菌が広がって、全身感染症に至ることもあります。

 

主な原因菌はフソバクテリウムという土壌や口の中に存在する常在菌で、
その他の細菌が関与することもあるといわれています。

また、ストレスやカンガルーの元々の免疫など、発症には複合的な要因があるとも
いわれていますが、詳細なメカニズムはまだ解明されていません。
今後詳しく調べていけたらと思っています。

 

カンガルー病は顎が腫れてボコボコすることから、英語ではLumpy jaw(コブ状の顎)と
呼ばれています。

ちなみに、同じような病気が牛や鹿にも見られることがあります。

 

カンガルー病に罹ると口内の炎症、歯周病、さらには顎の骨まで侵されることから
食べることが難しくなり、治療を放置すると全身に感染が広がることもあるため、
見逃せない重要な病気です。

 

動物園では頻繁に見られる病気ですが、野生下ではほとんど観察されないそうです。

このことは、飼育に伴う餌や環境の要因が原因として重要であることを意味しています。

野生下では見られないけど、動物園や水族館などの飼育下ではよく見られる
動物の病気というのがけっこうあります。
動物の病理検査から課題を見つけて、それを飼育の改善につなげることは、
とても大切なことです。

 

歯周病をはじめとする口の中の異常は、全身の様々な病気と関連しており、
意外と侮れません。

私たちも人でも、歯周病と糖尿病や動脈硬化をはじめとする様々な疾患との
関連性が指摘されています。

年をとってからも健康で元気に過ごせるように、歯のケアを日頃から大切にしてくださいね。

 

動物の病気を理解することで、人の病気のことを知るヒントが見つかることが
あるかもしれません。

これからも不定期になりますが、いろいろな動物特有の病気を紹介していきたいと思います。
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