鳥類の尿中には、なんと尿酸が含まれていなかったというニュースが先日ありました。

(情報を教えてくださった皆さま、ありがとうございます)

https://www.sciencedaily.com/releases/2019/09/190924175704.htm

 

記事の元になったのは、今年8月にCrouchらによってJournal of Ornithologyという学術雑誌に発表された論文で、鳥類の尿に含まれる成分の化学組成を再評価するというものです。

https://link.springer.com/article/10.1007/s10336-019-01692-5

論文は有料で入手できなかったので、記事や論文の要約から類推した私の考えや思ったことを述べさせていただきます。

 
尿の白いものは尿酸

鳥の尿に含まれる白いクリーム状のものは尿酸だということは、何十年も前から知られている常識でした。なぜなら後述しますが、鳥はタンパク質や核酸に含まれる窒素の最終代謝産物として、尿酸というかたちにして排泄しているからです。

 

それではなぜ、Crouchらは今更それを実験で確かめようとしたのか。そもそも著者は鳥類の進化や多様性を研究する研究者で、尿の成分を調べるような化学分析は研究対象ではありませんでした。

研究のきっかけは論文発表の前年にFolk教授とした、尿酸の疑念に関する会話でした。(著者とFolk教授との関係はよく分かりません)。

 

Folk教授は、1969年にX線回折法という分析方法で17種類の鳥の排泄物を調べた結果、鳥の尿には尿酸が含まれていなかったという論文を発表しました。ところが1971年には、同じ手法で鳥の尿から尿酸を確認できたとする論文が出され、Folk先生の主張は反証されました。

 

それから50年が経って、Crouchは同じ手法を用いて、実際のところ鳥の尿には尿酸があるかどうか確認することにしました。分析に用いたX線回折法の原理自体は昔から変わっていません。しかし、分析機器の進歩は目覚ましいもので、過去とは比べ物にならないくらい高い精度で分析することができるので、最新の技術であらためて調査してみたというものです。

 

尿酸はなかった
鳥類の種の多様性を考慮して6種類の鳥の排泄物を調べた結果、尿酸は検出されませんでした。

その代わりに尿酸アンモニウム、ストルバイト(リン酸アンモニウムマグネシウム)のほか、2種類の未知の成分が検出されました。予想もしなかったこの結果は、尿として体外に排泄する前に腸内細菌が尿酸を分解したことで、これらの物質が生成したと考えているそうです。

 

ここからは私が思ったことです。

鳥の尿に尿酸が含まれていなかったとしても、窒素の最終処理産物として尿酸というかたちにして排泄しているという根本のところは変わらないはずなので、そこまで驚く結果ではありません。

この論文が重要なのは、鳥の尿の白いクリーム状のものは誰もが尿酸だと常識的に考えていたことを、あらためて確認したということにあります。

 

尿酸アンモニウムとストルバイト(リン酸アンモニウムマグネシウム)が検出されて、尿酸は検出されなかったという結果を見て思ったのが、鳥の尿がアルカリ性なのだろうということです。前二者はアルカリ尿で検出され、尿酸は酸性尿で検出されることが知られています。また、それには腸内細菌が関与していることは予想でき、2種類の未知の物質も何らかのかたちで分解されて生じたものと思われます。

 

近年、様々な成分を分析する技術や機器は本当に目覚ましい発達を遂げており、以前には考えられなかったくらい微量な物質を検出できたり、短時間で大量の検体を処理できるようになりました。

それに伴って、原理的には昔と変わらないけど、過去とは比較にならないほど分析の精度が上がり、以前には捉えきれなかった物質も検出できるようになっています。

 

しかし、これまで捉えきれなかった微量な成分が解析できるようになってきた反面、材料を採取してから解析するまでの時間や保存方法をきちんと考慮しなければ、分析結果が違ってしまったり、解析するまでに目的の物質が分解されてしまうという問題もあります。

 

誰もが常識と考えていることをあらためて調べなおすことで新たな発見が得られるという意味では、Crouchらの報告はとても興味深いものだと思います。

 

それともう一つ、Crouchらがどういう考察をしているかは分かりませんが、鳥は尿酸を単なる窒素の最終廃棄物して排泄しているわけではないということもこの論文からは思いをめぐらせることができます。

 

鳥類の尿
ここで鳥類の尿についてあらためて考えてみます。

鳥には尿を貯めておく膀胱がありません。これは、空を飛ぶためにできるだけ体重を軽くうえでとても理にかなっています。膀胱がないために、総排泄腔と呼ばれる空間に腸管からの糞と尿管からの尿が合流して、糞と尿がいっしょに排泄されます。

 

私たち動物は、食物からエネルギーを得て生きています。その過程で余分なものは糞や尿などとして外に排泄します。三大栄養素(炭水化物、脂質、タンパク質)のうち、炭水化物と脂質はエネルギーを得たあと、最終的に二酸化炭素と水になります。一方、タンパク質を構成するアミノ酸(それと遺伝子を構成する核酸)には窒素が含まれます。この余分な窒素も最後は何かの形にして排泄しなければいけません。

 

アミノ酸に含まれる窒素は、最終的に不要なものとしてアンモニアになります。

アンモニアは速やかに水に拡散することから、まわりを豊富な水で囲まれている魚類(真骨魚類)や両生類の幼生(オタマジャクシなど)の場合、アンモニアをそのまま鰓から外へ排泄できます。

 

しかし陸上で生活することで、常に体にまとわりついていた水、そして鰓を失った両生類の成体や爬虫類、鳥類、哺乳類は、アンモニアを鰓から排泄できません。おまけにアンモニアは毒性が高いことから、体にためておくこともできません。そこで、哺乳類や両生類の成体ではアンモニアを毒性が低い尿素に変えて、水に希釈して尿中に排泄しています。

 

一方、鳥類と爬虫類(全ての爬虫類ではない)は尿酸排泄動物であり、タンパク質や核酸に含まれる窒素の最終代謝産物として、尿酸という形で排泄しています。

なぜ鳥類と爬虫類では、窒素の廃棄物として水に溶けにくい尿酸を作るのでしょうか。それは陸上で生活し、硬い殻をもつ卵を産むことと関係があります。

 

鳥類と爬虫類では、卵殻という閉ざされた環境の中で胚を発生させなければいけません。閉鎖環境で胚を発生させる点が、薄い膜に包まれ、まわりを水に囲まれた魚類や両生類の卵、羊水中に浮かび胎盤を介して母体とつながっている哺乳類と異なるところです。

 

胚の発生過程でも当然、窒素の代謝産物は生じます。卵殻の中でアンモニアが蓄積すると毒性が高く胚は死滅します。一方、尿素として貯めておくには大量の水分が必要となるため、限られたスペースしかない卵殻の中には貯めておくことができません。そこで、尿酸という水に溶けにくい物質に変換することで、限られたスペースの中で水を節約し、かつ無害な状態で窒素の廃棄物を貯めておくことにしました。(実際にはアンモニアや尿素もある程度はつくられています)

 

鳥類の消化管
ところで、鳥の腸、とくに大腸はとても短いことが知られています。空を飛ぶためには体重が軽い方が良いので、腸をできるだけ短くしたということです。腸が短いということは、栄養素や水分を吸収できる部分が限られているということになります。

 

そのことを反映してかどうかは分かりませんが、鳥類では、大腸にも吸収面積を広げるための絨毛構造がみられます(哺乳類は絨毛があるのは小腸だけで、大腸にはありません)。さらに鳥では小腸と大腸で太さもほぼ変わりません。

 

主にニワトリでの研究ですが、糞と混じりあった尿酸を含む尿は大腸の方へ戻り、限られた水分を有効利用するために尿中の水分が再吸収されます。さらに、発達した盲腸には豊富な微生物叢があり、ここで尿に含まれる尿酸の窒素が再利用されています。

微生物によって尿酸からアンモニアが生成され、それが窒素源として腸から再び吸収されてアミノ酸を作っています。腸内でアンモニアができれば確かにアルカリ性になりますね。

 

このことが、Crouchらの実験で鳥の尿から尿酸が検出されなかったことと関連しているように思います。

ところが、鳥は盲腸の大きさはものすごい種差があります。例えばニワトリ、ウズラ、ライチョウ、ダチョウ、アヒルなどは、一対の大きな盲腸をもっています。猛禽類では、タカやハヤブサはとても小さい盲腸がある一方、同じ肉食のフクロウは比較的大きく発達した盲腸があります。ハトはかなり小さく、オウムやインコでは痕跡的で、肉眼では分からないくらいに退化しています。

 

ニワトリのように発達した盲腸をもつ鳥では、盲腸で微生物によって尿酸の窒素が再利用されることで、排泄された尿には尿酸がなかったとしてもすんなり納得できます。ただし、盲腸で窒素を再利用するのは、餌のタンパク質含量や水分摂取量にもかなり左右されることが予想されます。

一方、盲腸が小さい猛禽類や、退化しているインコではどうなっているのでしょうか。これらの鳥では、盲腸以外の結腸や直腸で尿から水分を吸収したり、尿酸中の窒素を再利用しているのか。鳥類の生理学に関する知見は多くがニワトリのものなので、鳥類の消化管の多様性を考慮すると、気になることがたくさんあります。

 

尿酸はただ要らないものではない
鳥の尿、尿酸は、単なる水分や窒素の不要となった排泄物ではなく、腸が短い鳥にとっては貴重な水分やアミノ酸を再利用するための供給源にもなっていると思われます。そしてそれに腸内細菌が関わっているとすれば、腸内細菌も立派な臓器と一つと考えることができます。

 

一方、鳥は盲腸だけでなく、そ嚢、腺胃、筋胃など鳥独特の消化管を発達させ、それらは種によって発達の程度もさまざまです。腸内細菌の観点から鳥類の消化管の多様性や栄養、健康と病気などについて考えてみるのも面白いと思っています。

 

Comparative Physiology of the Vertebrate Digestive System2版という、脊椎動物の消化管の比較生理学に関するバイブル的な本に、鳥の消化管の模式図がありましたので参考にしてください(改変して載せています)。

1番から順に、アカオノスリ、セキセイインコ、ニワトリ、エリマキライチョウ、ツメバケイ、ダーウィンレア、エミュー、ダチョウの消化管で、盲腸を赤い丸で囲んでいます。

 鳥腸管

こうしてみると鳥は全体に腸が短く、盲腸の大きさは鳥によってかなりバリエーションがあることが分かります。

尿酸が盲腸で腸内細菌によって分解されるとして、盲腸がほぼ退化しているセキセイインコではどうなのでしょうか。

また、盲腸から下の部分は結直腸(結腸と直腸の区別が明確でないため結腸と直腸を合わせて結直腸)ですが、ダチョウの結直腸が際立って長いことも興味深いです。

 

最後になりますが、鳥の尿には尿酸がなかったという冒頭の記事を読んで、誰もが常識と思っていることを疑ってみる視点の大切さにあらためて気付かされました。また、単に不要なものとされているものでも、見方を変えれば重要な役割を果たしているということも示唆されました。

これだけ科学や技術が進歩した現在、一見して研究が進んで調べつくされているようなことや、昔からの常識で確認するまでもないと思っていることでも、まだまだ案外大事なことを見落としているかもしれないと思いました。

これからも感想や疑問などお気軽にお寄せください。私も気づいていないことを気づかせていただき、とても勉強になります。