獣医病理学者Shinのブログ

動物の病気あるいは死体の専門家からみた、色んな動物や科学に関すること

2018年09月

前回の記事では、獣医における人工知能(AI)について取り上げました。

今回は、読み方は同じエーアイでも、オートプシー・イメージング(Ai)について考えます。

 

Aiは死亡時画像診断のことで、CTMRIなどの画像診断装置を用いた死後の画像検査によって、
死亡時の病態や死因を検証するものです。

人では剖検率の低さを補うものとして、医療事故、異状死、外因死などの判断に
有用な情報を提供することで非常に注目されています。

 

私がAiの概念を初めて知ったのは大学院の学生時代、ブルーバックスから出版された
海堂尊さんの著書「死因不明社会」を読んだときでした。

人では死後に剖検が実施されるのはわずか2%代であり、多くの死因が明らかにされていない
ことに驚いたことを鮮明に記憶しています。

 

この本では死因不明社会によって引き起こされる色々な問題が提起されていますが、
人と同じことが動物にも多く当てはまると感じました。

一方、十数年前の当時の獣医療はまだまだ人の医療ほど発達しておらず、大学では剖検も
比較的日常的に行われていたので、あまり実感がわかない部分も少しはありました。

 

しかし、ヒトと動物を取り巻く状況は近年目まぐるしく変化しています。

このまま動物でも死因が明らかにされない状況が続くと、獣医師や動物の所有者(飼い主や
畜産農家など)にとって問題があるだけでなく、動物からヒトにもたらされる可能性のある
疾病を見逃してしまう恐れもあります。

 

日本では全国に17ヶ所の獣医大学があり、それぞれに病理学研究室があって様々な動物の
病理解剖が行われています。

しかし、いずれの大学も剖検数は年々減少しており、教育材料を確保するのに
四苦八苦していると聞きます。

 

大学でもそうであるならば、現場の動物病院や畜産農家ではなおさらのことだと
想像できます。
特に動物病院では、
以前と比べて飼い主の意識が変化してヒトとの結びつきがより強くなり、
剖検の同意が飼い主から得られにくくなっているという状況です。

また、臨床獣医師側も飼い主の心情を察して剖検の話を切り出しにくいという
こともあります。

一度は剖検の依頼があったけど気持ちの踏ん切りがつかず、剖検できなかったという
事例も頻繁に遭遇します。

 

しかし、近年の獣医療の急速な進歩に伴って治療がますます複雑になっていることから、
治療効果の判定や獣医療のさらなる発展のためにも、剖検はもっと積極的に行われる
べきだと考えています。

 

動物病院や動物園・水族館の場合、多くは現場の臨床獣医師によって剖検がなされます。

せっかく大切なご遺体を剖検させていただくのですから、本来であればきちんとした
獣医病理学の専門家が剖検をするべきですが、大学を除けば獣医病理の専門家が勤務
する動物病院や動物園・水族館は非常にまれです。

 

残念なことに、現場の臨床獣医師が実施する剖検は、系統だった病理解剖ではなく、
単なる解体であり、記録が不十分なことが多々あります。

 

科学的に物事を捉え、考えていくためには、先ずはきちんとした記録、すなわち剖検所見を
取ることが重要です。

患者の治療を担当した臨床獣医師ではない第三者が、客観的な視点で患者の病態や死因を
評価するためにも、剖検をもっと獣医病理学の専門家に委ねてほしいと思っています。

 

私は日常的に動物病院、動物園や水族館、畜産農家、動物実験施設、もしくは野外に
出向いて剖検をしたり、あるいは持ち込まれた様々な動物を剖検していますが、
臨床獣医師や飼い主をはじめとする動物の所有者の想いは本当に様々です。

 

解体ではなくきちんと実施された剖検は、その後の獣医療の発展に間違いなく貢献するもの
ですし、病態解明を通して同じ病気で苦しむ多数の動物たちを助けることにもつながります。

飼い主にとっては、どのような経緯で亡くなったのかを理解することで、
死を納得することにもつながります。

 

前置きが非常に長くなりましたが、Aiは獣医学においても、剖検率低下を補うものとして
非常に重要な選択肢になるものと思います。

 

最近では獣医系の学会や研究会でも、Aiを取り入れた症例が出されることがほんの
少しずつですが散見されるようになってきました。

ただし現段階ではまだ試験的な取り組みといったところです。

 

Aiが獣医療においても有用な診断ツールとなるにはもう少し時間がかかるかも
しれませんが、将来的には日常で実施が可能となることが期待されます。

 

動物はヒトと違って全身を被毛で覆われているため、外から見ただけで体表や皮下
あるいは体内の状態を判断することが困難です。

また、体の不調を自ら訴えることができないため、予期しないところに病変が
隠されていることもよくあります。

 

現状では、頭部の剖検(特に脳)を拒まれることが多々ありますが、頭部以外の臓器を
くまなく調べても異常がなく、脳に病変があったのではないかと考えられる症例も
ときどきあります。

 

Aiでは、事前に頭部を死後画像検査によって確認することで、不要な頭部の剖検を
避けたり、あるいは
Aiがきっかけで頭部の異常を発見することにつながるかもしれません。

 

Aiは、今後新たな学問となるであろう獣医法医学(法獣医学)にも威力を発揮できます。
動物虐待や人への犯罪の予兆を探知することにつながります。

 

幸いなことに、現在では民間の動物病院でもCTを導入するところが増えてきました。
動物園や水族館でも、
CT装置はありませんが近隣の動物病院にCT検査を依頼することが
日常的になりつつあります。

MRIも大学病院だけでなく、東京や大阪、名古屋などの大都市圏では導入している
施設も何件かあります。

 

Aiが実施される下地はすでに出来上がっています。

ここで注意しないといけないことは、Aiが必ずしも剖検の代わりになるということでは
ありません。

不幸にして亡くなった動物の死因や死に至った経緯を明らかにするためには、
様々な検査をする必要があります。

 

動物の死因を明らかにするためには、まずは剖検をして肉眼観察をするとともに、
必要な臓器を採取して、その後に病理組織検査、微生物検査、化学分析などいくつかの
検査を実施します。

最終的にそれらの検査結果を総合的に判断して病態や死因を考察する必要があります。

 

剖検(病理解剖)のみによって死因が判定できることは、実は非常に少ないです。

きちんとした剖検を行なって適切な臓器の採取がされていなければ、その後に実施される
様々な検査が無駄になってしまうことも少なくありません。

 

剖検は、その後に実施される様々な検査の要(かなめ)となる極めて重要な作業です。

しかし、動物の場合、人と違って生前の情報がかなり限られています。

事前に得られる情報が多ければ多いほど、適切な剖検が実施でき、
正確な病態把握につながります。

何も情報がない状態で剖検を行うことは、地図なしで目的地にたどり着くことに等しい。

 

これまでは剖検が主軸だった死後の検査に、Aiも取り入れることで得られる情報が増え、
亡くなった動物の死因や病態をより正確に把握できます。

死後にまずAiを実施することで、その後の道筋をつけることが期待されます。

 

Aiはまた、画像データとして保存しておくこともでき、後から検証することも可能です。

そのようにして得られた死後の情報は、獣医学や獣医療の発展に大きく貢献できる
ものであり、残された動物のためにもなります。

 

現段階では獣医学におけるAiの位置づけは定まっていませんが、まずはAiと実際の
肉眼所見を対比させることから始めて、今後
Aiが獣医学においても発展していくことを
期待したいです。


動物の死因を明らかにすることは、人や動物、それを取り巻く社会、
そして自然環境のためにも極めて重要なことです。

「死」から「生」を学ぶ
テレビでは生きた動物に関する話題は豊富にありますが、動物の
死を扱ったものは少なすぎる
と感じています。
いま、「死」から「生」を学んで人や動物、自然環境がより良く
生きていくことを模索するときが来ているのではないでしょうか。

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ここ数年、人工知能(AI)の発展がめざましく、毎日のようにAIに関する話題を耳にします。

医療においても例外ではなく、様々な疾患の診断や医薬品の開発に応用が期待されています。

 

先月には、病理医不足をAIによる病理画像診断によって改善しようとする試みが
記事になっていました。

https://jp.techcrunch.com/2018/08/17/medmain-fundraising/

 

伴侶動物とAI

獣医療においても、特に伴侶動物では人の医療並みに診断技術や治療が進歩してきています。

このことを考えると、近い将来人の医療分野でAIが確立されていくにしたがって、
伴侶動物医療の分野でも
AIがどんどん活用されていくと思います。

 

ただし、獣医療では人と違って何種類もの動物を診察します。

犬だけでもたくさんの品種があり、犬種によって好発する疾病も異なることから、
人の医療よりも課題は多いと思われます。

 

産業動物とAI

日本には主要な産業動物として、牛、豚、鶏がいます。

いずれも年々飼育農家の数は減っている一方、一つの農家で飼育している頭数は増えて
大規模化が進んでいます。

多数の動物を効率的に管理する必要性から、病気を防ぎ安全な食肉や牛乳を生産する
ために、現在ではかなりシステム化されています。

 

そこにAIが導入されることで、適切な飼育管理、病気の早期発見や繁殖への応用が
期待されます。

AIによって飼育管理が適切に実施されれば、動物にとっては快適に過ごせますし、
農家の方は労力が減り、消費者にとっては安全な畜産物が手に入ります。

 

そのほかの動物とAI

AIおよびその関連技術は産業動物だけでなく、動物園や水族館の動物、実験動物
などにも飼育管理の効率化、病気の発見、動物が快適に過ごせているかといったところで
応用が期待されます。

動物実験にAIが応用できれば、実験動物の使用を極力減らすことができ、
倫理的にも良い方向に向かいそうです。

野生動物分野でも、野生動物保護や、近年問題となっている野生動物と人や社会との
様々な軋轢を解決する糸口が、
AIによって掴めるかもしれません。

 

獣医病理診断とAI

動物を解剖し、顕微鏡によって細胞や組織を観察して、動物の死因や病気の原因および
そのメカニズムを明らかにする、獣医病理学分野における
AIはどうでしょうか。

 

近い将来ではないかもしれませんが、これもいずれは多くのところでAI
代わるだろうと考えています。

単純にがんかそうでないか、がんだとしたら浸潤や転移はあるかどうか、
といった判断は近い将来可能になるかもしれません。

 

一方で、課題もまだまだたくさんあります。

人の医学と違って、獣医学では多種類の動物を対象としています。それぞれの動物について、
疾病の病理組織診断分類の多くはまだ確立されたものがありません。

人の疾病と異なり、圧倒的にデータが足りていないのが獣医学の現状です。

 

医療分野でも言われることがありますが、AI時代の到来によって、獣医師の仕事が取って
代わられるという悲観的な考えは私にはありません。

人や動物が健康でいられるなら、むしろAIを獣医学や獣医病理学にも積極的に
取り込んでいくべきだと考えています。

 

今後AIを活用していくにあたって今足りていないのは、データの蓄積です。

そのためには、不幸にして亡くなった動物の遺体を解剖して、死因や病気のメカニズムを
明らかにして、疾病に関する情報をもっと整理していく必要があります。

 

伴侶動物では人の医療並みに獣医療が進んだといっても、治療はますます複雑化しており、
おまけに剖検率が低いことから、診断や治療と病気の進展や死亡との関連がうやむやな
ケースが多いです。


野生動物でも、つい先日も野生のイノシシから豚コレラウイルスの陽性反応が出たと
話題になりましたが、野生動物の死の多くは検証されていません。
野生動物の遺体には、環境からのメッセージが込められているはずであり、
もっと死に目を向ける必要があると思います。

 

獣医病理診断の基本は、一枚の病理組織標本(プレパラート)を顕微鏡で観察して、
病気の診断を付けることです。

診断名を付けることによって、治療の方向性や対策を考えることができます。

 

最近では、参考となる本やアトラスが増え、インターネットで検索しても豊富な
病理組織画像を見ることができるようになってきました。

顕微鏡で見ている病理像と似ている画像を見つけることで、単純な絵合わせのように
診断をすることもできないことはありません。

 

最近の若い獣医病理学者(自分もまだまだ未熟です)の中には、病理形態を飛ばしていきなり、
免疫染色によってマーカーを直接検出することに頼りがちな傾向が一部にはあります。

 

このように単純な絵合わせに終始する限りは、獣医病理診断はAIに確実に取って
代わられると思います。

(これは臨床獣医学分野の臨床診断や画像診断にも同じことがいえます)

 

一枚のプレパラート標本には、病変形成に至った動きが物語のように秘められています。
私たちが見ている顕微鏡の画像は、病気の連続的な形態変化の中の一断面に過ぎません。

 

獣医病理診断の意義は、静止画像である一枚のプレパラートから動きを捉え、
どのような原因やメカニズムによって病変が形成されたのか、
これからどうなっていくのか、そして
他の臓器との関連はどうなのかを考えるところにあります。

 

静止画像から病気のストーリーを明らかにする、伝統的な形態に重きを置いた獣医病理診断を
大切にする一方、時代の変化に合わせて
AIなど必要なものはどんどん取り入れていく。

 

獣医学や獣医病理学が今後も発展し、獣医師が動物だけでなく、人や社会からも
受け入れてもらうためには、そういった努力が求められるだろうと考えています。
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今週はじめは、日本獣医学会の学術集会のためつくばまで行ってきました。

ちなみに混同されがちですが、日本獣医学会と日本獣医師会は全く別の組織です。

 

獣医学会では解剖学、病理学、寄生虫学、微生物学、公衆衛生学、野生動物学、臨床
・・・などいくつかの分科会に分かれており、それぞれの分野で最新の研究発表を
通してお互いに議論を交わします。

 

研究者にとっては日頃の研究成果を発表できる場であり、学生にとっても
学生生活の集大成である卒業論文を発表する貴重な場となっています。

 

この学会の特徴は、同時進行であるものの様々な分野の研究が発表されている
ことにあります。これだけ多分野の研究者が一堂に会する学会はありません。

 

私は病理分科会に所属していますが、他分野の研究者とも直接交流できる貴重な
機会となっています。

病理分科会の中でも産業動物、伴侶動物、野生動物実験動物など、
様々な動物を対象とした研究発表があり、大変勉強になりました。

 

一方で、近年の研究の傾向としてどうしようもないことですが、同じ学問分野の
中でも専門化・細分化が進み、研究がどんどん細かくなっています。

 

学問の発展のためにはとても重要なことですが、少しでも自分の専門から外れると、
聞いていても正直よく分からないことも多々あります。

(それはそれで新鮮なので、自分の研究に応用できないかと考えるきっかけにもなりますが)

 

科学の発展、獣医学の進歩を通して人や動物、社会、環境に貢献すること

これが学会やそこに所属する研究者、獣医師の使命であると考えています。

その目的を達成するためにはどんどん細かいところまで明らかにしていく必要があります。

 

ただし、全体を見渡すことも忘れてはいけないと思っています。

近年は遺伝子やタンパク質など、目には見えない分子レベルで様々な異常や病気が
分かるようになってきました。


研究に没頭することも重要ですが、ときどき全体を俯瞰して研究の方向性は
間違っていないか、社会貢献を果たせているかなどを確認しなければいけません。

 

病気は現場で起きている

 

研究室で病気の研究をしているだけでは分からないことがたくさんあります。

大事なのは、現場で何が起きているかを知ること。

伴侶動物だったら家庭、産業動物なら畜産農家、展示動物なら動物園や水族館、
野生動物なら自然環境。

 

現場で何が起きているのかを明らかにするためには、亡くなった動物のご遺体を
病理解剖して、どのような経緯で死亡したのかを明らかにする必要があります。

 

残念ながら上にあげた全ての動物について、現状では死因が十分明らかに
されているとは言えません。

海堂尊さんの「死因不明社会」という著書がありますが、
これと同じことが動物にも当てはまると考えています。

 

この夏は中国でのアフリカ豚コレラの発生、岐阜県で26年ぶりの豚コレラの発生など、
豚の病気に関することが話題になりました。

 

今日のニュースでは、豚コレラが発生した養豚場の近くで見つかった野生イノシシの
死体から、簡易検査で豚コレラウイルスの陽性反応が出たということが報道されました。

https://www.gifu-np.co.jp/news/20180914/20180914-73969.html

 

今回の豚コレラの感染源や感染経路についてはまだまだ詳細な検査が必要なため、
今後の新たな情報を待ちたいと思います。

野生イノシシと養豚場の豚から検出された豚コレラウイルスが同じものであった場合、
野生のイノシシから病原体がさらに拡散されることが懸念されます。

 

今回は養豚場での豚コレラの発生を受けて死亡した野生のイノシシをたまたま
調べた結果、豚コレラウイルスが確認されましたが、これは氷山の一角かもしれません。

ただし、死体からウイルスが検出されたからといって、
必ずしもウイルスが死因となっているとは言えません。

 

現状では野生動物の多くが、どのような原因で死亡しているのか明らかにされていません。

最近では鹿やイノシシが増えすぎて、各地で様々な問題が生じています。
その中の問題の一つとして、野生動物が産業動物や伴侶動物、あるいは人と接触する
機会が増え、病気が伝播されることが心配されます。

 

何か問題が起きてからでは遅すぎます。

病気は研究室で起きているんじゃない、現場で起きている

(聞いたことがあるセリフで申し訳ありません)
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岐阜市内の養豚場で9日、豚コレラが発生しました。

国内で豚コレラが発生したのは1992年以来、26年ぶりのことです。

https://www.gifu-np.co.jp/news/20180909/20180909-72538.html

 

先日このブログでも紹介しましたが、中国では先月にアフリカ豚コレラが発生しています。

http://vetpath.blog.jp/archives/11179915.html

豚コレラとアフリカ豚コレラは、名前が似ていますが違う病気です。


 

豚コレラ(トンコレラと読みます)フラビウイルス科ペスチウイルス属の
豚コレラウイルスによって起こる豚やイノシシの感染症。

一方、アフリカ豚コレラは、アスファウイルス科アスファウイルス属の
アフリカ豚コレラウイルスによって起こる豚やイノシシの感染症です。

 

ウイルス感染症であることは同じですが、原因ウイルスの分類が異なり、豚コレラ
ウイルスがRNAウイルスであるのに対して、アフリカ豚コレラウイルスはDNAウイルスです。


ただし、高熱や様々な臓器の出血など症状や病変が非常に類似していることがあるので、
感染している豚を診て両者を区別するのは難しいです。

 

アフリカ豚コレラウイルスは元々、サハラ砂漠以南のアフリカに常在していた病原体です。

アフリカに生息する野生のイボイノシシやイノシシとダニとの間で
感染環が形成されていました。

 

欧米の入植者が養豚のためにアフリカへ豚を持ち込んだところ、豚コレラと類似の
感染症が発生したため、アフリカ豚コレラと名付けられたという経緯があります。

 

口蹄疫をはじめ、家畜に感染症が発生したときにニュースでまず報じられることが、

「感染した牛肉や豚肉を食べても、人には感染しない」です。


豚コレラウイルスもアフリカ豚コレラウイルスも人には感染しません。

食べても感染しないのなら、まあいいか。

いいえ、それで安心してはいけません。

 

これらのウイルスは、豚への強い感染力と高い致死率が特徴です。

 

近年の養豚の傾向として、養豚農家の数は減っている一方、
一つの養豚場で飼育されている豚の数は増加しています。


一つの場所に多くの豚が集中していることから、感染症が発生すると短期間のうちに
たくさんの豚が犠牲になるかもしれない、という危険性をはらんでいます。

 

それによって生活が困るのは養豚農家の方だけではありません。

スーパーから豚肉が消える可能性だってあります(牛肉や鶏肉にも同じことが言えます)。

大切なタンパク源である食肉がスーパーから消えたら大変ですよね。

 

とくに近年は、世界的な人口増加や発展途上国の近代化により、
食肉の需要が急速に増加しています。

食料の多くを輸入に頼っている日本としては、食の安全を守る意味でも
家畜の感染症の発生は何としてでも防がなければいけません。

 

家畜の感染症を防ぐために、現場、研究、行政など様々な立場の獣医師や畜産関係者が
日々たゆまぬ努力をしています。
万一感染症が発生したとしても、
迅速に適切な措置が取られて
被害が最小限で済むような対応がなされます。

 

感染症から家畜を守るために、私たちができることもあります。

それは、安易に家畜が飼育されている農場には近づかないこと。

感染症の中には、靴や服、物、車に付着した病原体を知らない間に運んでしまって
発生するものもあります。

 

このことは畜産関係者や獣医師の間には周知徹底されています。

とくに海外に行った際には、渡航先で動物が飼育されている場所を訪れることもあります。

帰国の際に日本にはない病原体を一緒に持ち帰ってしまわないように、
細心の注意が求められています。

 

これは一般の方も同様です。

観光で訪れた先で牧場を見つけた際、動物と触れ合いたくなりますが、
安易に近づくことで病原体を知らないうちに運んでしまっている可能性があります。

テレビでもタレントの方が農家に出入りする様子がしばしば放送されていますね。

(畜産農家の方の仕事を知っていただくという意味では大切なことですが)

 

安易に動物が飼育されている現場へ近づくことで、
病原体を運んでしまっている可能性があるということ。

 

家畜に感染症が発生したというニュースを聞いたときに、

「人には感染しないから大丈夫か。」と安心するだけで終わらず、
その背景にある畜産農家の現状や毎日食べている食べ物のこと、
そういったところも注目していただきたいと思っています。
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この週末は、野生動物医学会の第24回大会に参加してきました。

獣医には基礎、臨床含め色々な学会がありますが、野生動物医学会は獣医だけでなく、
様々な立場や分野からの参加があるということが特徴です。

 

野生動物を勉強するには、獣医学のみならず極めて学際的な知識が求められます。

 

また、獣医学ではこれまで野生動物があまり重要視されておらず、
獣医学の中の野生動物医学という学問はまだまだ新しい分野です。

まだ若い学会であるため、獣医以外の色々な研究者を受け入れやすいのだと思います。

 

獣医学は歴史的に、軍事目的の馬、畜産業の牛、馬、豚、鶏、そして
伴侶動物としての犬と猫が重視されてきました。

現在でも畜産と伴侶動物は最も重要な位置づけです。


一方、野生動物は獣医学の中でこれまできちんと位置づけられてこなくて、
最近になってようやく認知されてきたという経緯があります。

 

野生動物は家畜や伴侶動物とは違って所有者がいないため、
獣医学の対象としにくかったのかもしれません。

 

野生動物って?

野生動物といえば、動物園のキリンやゾウなどを想像される方も多いと思います。
しかし、厳密の言うと動物園で飼育されている動物たちは野生動物ではありません。

 

野生動物は、人の管理下に置かれておらず、自然界に生息して食物を獲得し、
自由に繁殖している動物です。

 

動物園で飼育されている動物たちは、遺伝子の構造上は野生動物と変わりませんが、
人によって管理されていること、動物園で飼育・展示されているということから
野生動物とは区別され、展示動物と言われます。
飼育下野生動物、または単純に動物園動物といわれることもあります。

 

最近ではアライグマが民家に出没して問題になっていますが、アライグマは本来の
生息地とは異なる場所に生息していることから、厳密には野生動物ではなく、
日本では外来生物あるいは帰化生物などとして区別されています。

 

野生動物の言葉の定義を厳密に考えると非常に難しいですね。

もちろん野生動物学あるいは野生動物医学では、厳密には野生動物ではありませんが
動物園・水族館動物や外来生物なども対象としています。

 

野生動物の獣医師

野生動物の獣医師というと、傷ついた野生動物を治療し、再び野に放つという
イメージがまず思い浮かぶと思います。

でもそれだけではありません。

 

大学や研究所、公的な機関で、野生動物の生態調査、繁殖、生理、遺伝子、感染症、
病気のことなど、野生動物に関する様々な研究や業務をしている獣医師がいます。

 

野生動物の問題というと、従来は開発による自然環境の悪化や生息地の破壊などによって
野生動物がどんどん減って、絶滅が心配されるというものでした。
動物種によっては現在もその状況は変わません。

 

しかし、野生動物をめぐる問題は、近年急速に変化してきています。

ニュースでも取り上げられることが多いですが、ニホンジカやイノシシ、
ツキノワグマによる農業被害が深刻で、人と接触する頻度が高まっています。


その他にも都市に生息するドバトによる糞害、ハシブトガラスによるゴミ漁りや糞害、
カワウによる漁業被害など、各地で人と野生動物をめぐって様々な問題が生じています。

 

従来は野生動物というと生息数が減っているから、何がなんでも
保護しなければならないという考えでした。
 

しかし、近年ではニホンジカように、明らかに増えている野生動物もいます。

増えすぎた野生動物が自然環境悪化の原因となったり、農業被害や人への直接的な
被害の原因となるなど、様々な問題が発生しています。

そのため、最近では野生動物の「保護」に加えて、
「管理」という考え方も一般的になっています。

 

地域によっては増えすぎたニホンジカをジビエとして活用し、
地域活性化のきっかけを作ろうという試みもなされています。

また、増えた背景や原因を考えて、そこから改善する試みもされています。

 

野生動物が人と接触する機会が増えることで、感染症をはじめとする野生動物由来の
病気の発生が心配されます。

とくに、人と動物がともに感染する人獣共通感染症(ズーノーシス)の多くは、
野生動物由来です。

 

数年前から話題になっているSFTS(重症熱性血小板減少症候群)はマダニから感染する
ウイルス感染症ですが、元は野生動物とダニとの間で感染環が成立していました。
その感染環が人の生活圏に近づき、接触する機会が増えたことによって、
ダニを介して人に感染している可能性が疑われています。

 

人と野生動物との距離が近くなることによって、野生動物の病気が人に感染したり、
間接または直接的に産業動物や伴侶動物、動物園・水族館動物にも影響を与える可能性があります。

 

野生動物には色々な病気がありますが、実はまだあまりよく分かっていないのが現状です。

これって結構怖いことだと思いませんか。


野生動物を対象としてウイルスや細菌、寄生虫などの研究をしている研究者はいます。

でも、動物からウイルスや細菌が検出されたからと言って、
それが野生動物の病気や死の原因というわけではありません。

(もちろん健康保菌であっても、人に伝播されるという意味では無視できません)

 

野生動物のことを知るには、周りの環境も含め生態系全体を考える必要があります。
それには獣医学だけでなく、様々な分野の知識を総動員する必要があります。

 

同時に、野生動物の体の中で起こっていることを知るには、
動物の体全体をトータルに捉えて病気の診断をしなければなりません。

 

有害鳥獣駆除やジビエによって処理された動物、あるいは野生動物の死亡個体に対して、
現状ではきちんと病気の検査が実施されていません。
 

人の都合によって亡くなった野生動物の声なき声を聞き、もっとそこから教訓や
メッセージを読み取る努力をしなければいけないと思っています。
野生動物と人がうまく共存できるヒントが、そこに隠されている気がしています。

 

そういうことを考えながら、今日もいろいろな動物の病理検査をしていました。

毎月のように様々な学会に参加して勉強していますが、学会では
日々業務に追われて仕事をしている日常を少しの間離れて、
あらためてゆっくり考える機会が得られます。
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