獣医病理学者Shinのブログ

動物の病気あるいは死体の専門家からみた、色んな動物や科学に関すること

2019年01月

獣医師免許を有している人は、獣医師法第22条に基づいて、就業状況や現住所などを
2年ごとに届け出ることが義務付けられています。

獣医師は、農林水産省令で定める2年ごとの年の1231日現在における氏名、住所その他
農林水産省令で定める事項を、当該年の翌年1月31日までに、その住所地を管轄する都道府県知事を
経由して、農林水産大臣に届け出なければならない。

 今年は届出が必要な年で、1月中に書類を提出しなければなりませんでした。


 集まったデータは農林水産省がとりまとめ、獣医師の数、就業状況や分布を
整理して発表しています。

昨今話題になった獣医師は足りる、足りない問題では、主にこのデータを
元にして様々な議論が繰り広げられていました。

 

一連の騒動で問題になった獣医学部新設の妥当性やそれに至った経緯について、
私の立場では特に言うことはありません。

ただ、獣医師は足りているのか足りてないのかについて、
獣医師をはじめ様々な立場の方が意見を発していましたが、
議論がそこで止まってしまっているという印象です。

 

獣医師の職域や地域によっては、足りていないのは事実です。

しかし問題は、獣医師が足りているのか、足りていないのかではありません。

それよりも大切なことは、

獣医学教育の質の向上であり、広く社会に貢献できる獣医師をど
のようにして養成していくか、
にあると思っています。

 

獣医師は誰もが例外なく動物が好きですが、
動物のためだけに獣医師が存在しているわけではありません。

獣医師の存在意義は、動物をとおして人類や社会に貢献することにあります。

 

獣医師法の第1条には獣医師の任務として、以下のように定められています。

獣医師は、飼育動物に関する診療及び保健衛生の指導その他の獣医事をつかさどることによって、
動物に関する保健衛生の向上及び畜産業の発達を図り、あわせて公衆衛生の向上に寄与するものとする。

 

獣医師に求められる役割は、時代によって変わってきます。

明治になって近代化を図る際には海外から畜産技術を導入することが最も重要であり、
戦時中には食料としての家畜だけでなく、軍馬が重要視されていました。

戦後には食料増産のための畜産振興が課題となり、その後はペットブームに伴って
愛玩動物、伴侶動物に対する獣医療が発展してきました。

 

そして現在は、様々な動物を取り巻く状況が劇的に変化しています。

人や動物や物が極めて短時間で世界中を行ったり来たりできるようになった今、
獣医師が果たすべき役割はますます複雑で多岐にわたっています。


そういった時代の変化に合わせて、私たち獣医師がそのありようを変えていかなければ、
社会から獣医師が必要とされなくなるのではないかという危機感が私にはあります。

 

これから人や社会から獣医師が必要とされるようになるためには、
いかにして獣医学教育の質を向上させていくかがカギを握っています。

そして、すでに獣医師免許を持って活動している獣医師も、一人一人が問題意識を
持たなければ、それこそ獣医師の仕事はAIに置き換えられていくものと思います。

 

獣医師の端くれとして私ができることは、一般の方への情報発信と考えています。

私は、病理検査や研究活動を通して、小動物臨床獣医師、産業動物臨床獣医師、公務員、
大学、民間企業など、普段から様々な立場の獣医師とやりとりをすることがあります。

 

世間では獣医師といえば犬猫の獣医さん、というイメージが圧倒的です。

しかし、表に立つことは少ないですが、私たちが安全に暮らしていけるように、陰で
支えていてくれる獣医師がたくさんいるということをもっと知ってほしいと思っています。

 

仕事上、色々な立場の獣医師と交流があることから、獣医病理学者として
獣医学全体を俯瞰したときの印象ですが、それぞれの獣医師が置かれている現状に
ついて考えてみたいと思います。

ただしあくまで私見なので、実情とは合わない部分があることは否定できません。

 

小動物臨床獣医師

いわゆる動物のお医者さんですね。

世間一般のイメージもそうですが、獣医学科に入学してくる学生、
そして卒業生にとっても、圧倒的に人気があります。

昨今の騒動の際には、動物病院はすでに飽和しており、獣医学部を増やしたところで
結局動物病院がさらに増えるだけ、という意見が大多数でした。

 

しかしながら、地方によっては動物病院がない地域もまだまだあります。

そういったところで亡くなった動物を病理解剖すると、犬糸状虫症(フィラリア症)や
犬ジステンパーなどの感染症で亡くなる子がけっこう多くいます。

近くに動物病院がない地域では、感染症の予防という考えがあまり普及していません。

 

また、動物病院がない地域では、よっぽどの症状がない限り動物病院を
受診することがありません。

そのような理由から、地方で亡くなった動物を病理解剖する際には、全身にがんが
転移して亡くなった動物、皮膚病で全身が脱毛だらけなのにどうしてここまで
放置していたのかと思う動物も多いです。

地方では、動物病院があったら予防できる病気、治療できる病気によって
亡くなる動物がたくさんいます。

 

一方、動物病院が飽和状態にあるといわれている東京、名古屋、大阪、福岡などの
大都市ではどうでしょうか。 

確かに乱立しているといってもいい状況ではありますが、
まだまだ過渡期にあると考えています。

 

一昔前まで、動物病院といえば一人の獣医師が内科、外科、産科、眼科、皮膚科など
全てをこなさなければいけない状態でした。

しかし近年は各分野で専門化が進み、専門医制度が確立されつつあります。

 

最近では、各分野の専門医が集まる二次診療をする動物病院も増えており、
町の小さな動物病院の中でも、眼科、皮膚科、エキゾチック動物などの専門病院が
多くなってきています。

また、獣医師の診療や動物病院になくてはならない動物看護師については、
近年は公的資格化に向けて、認定試験の統一化が図られています。

 

このような状況を考えると、都市部では飽和状態にあるといっても、それぞれの
専門性や地域の特性を活かした動物病院ができる余地はまだあるかもしれません。

 

犬猫の飼育頭数は年々減少していることから、動物病院も今後そんなにいらなくなる
という意見もあります。

確かに飼育頭数は減少傾向にありますが、中には家族形態の変化や家庭の事情などで
動物を飼育できない方がけっこういらっしゃいます。

 

また、いまだに盲導犬、聴導犬、介助犬などの身体障害者補助犬に対する
無理解が社会にはあります。

家庭で動物がうまく受け入れられるように、そして人と動物がより良く共生して
いけるように、社会の仕組みを変えていく努力が獣医師には求められているのでは
ないかと思っています。

 

産業動物診療獣医師

主な産業動物には乳牛、肉牛、豚、採卵鶏、ブロイラーがあり、それぞれ分けて考える
必要はありますが、全体としては、産業動物を飼育する畜産農家や全体の飼育頭数は
減っている一方、一つの農家が飼育する動物の数は増加している傾向にあります。

 

産業動物を診療する獣医師として、①産業動物開業獣医師、②農業共済組合(NOSAI
や農業協同組合(JA)などの農業団体に所属する獣医師、
③民間企業に所属する獣医師などがいます。

 

小規模な畜産農家や産業動物開業獣医師では、新たななり手が少なく、
高齢化が進んでいます。
また、農業団体に所属する獣医師は団塊世代の
大量退職に伴って、ベテランが少なくなっています。

 

産業動物の獣医師といえば、従来は乳房炎や繁殖障害、関節炎、肺炎、下痢などの
診療や人工授精、飼育管理や衛生管理の指導といったところでした、

しかし近年は、畜産の大規模化に伴って、畜産経営のコンサルティングまでも
獣医師に求められています。

 

産業動物の診療は往診が基本ですが、畜産農家の減少や大規模化に伴って
診療拠点の統廃合が進み、往診のための移動に非常に時間がかかって
大変という声をよく聞きます。

 

私が産業動物獣医師とこれまで関わってきた経験では、産業動物獣医師になる人は、
獣医学部に入学した当初から産業動物に関心があって志が高かった人が
多いという印象です。

中には小動物臨床を目指して大学に入ったけど、産業動物のことを知ってそちらに進む
というケースもありますが、それはかなり少数です。

 

私たちが食物を得て生きていくためには、産業動物に由来する乳、肉、卵は欠くことが
できない大切なものです。中でもタンパク源としての畜産物は、健全な成長や健康維持に
とって極めて重要です。

 

いま、世界では人口が急増しており、発展途上国の増加がとくに顕著といわれています。

それらの国が経済発展を遂げて食生活に変化が生じたとき、日本で起きたのと同様に、
家畜や畜産物の需要が高まるものと予想されます。
食料の取り合いが起こるかもしれません。
そうなったとき、私たちはこれまでのように、

食べたい物を食べたいときに比較的自由に手に入れることはできるでしょうか。

 

食料を確保するという意味で、国内の農業や畜産業の衰退は歯止めをかけなければなりません。

それと同時に、多様性を守ることも大事だと思います。

輸入するだけでは食料の安定的な確保に不安がありますし、かといって国内だけで
全てを賄うことはできません。

牛だけ、豚だけ、鶏だけというのでも、大規模な農家だけとか小規模な農家だけとかでも、
農薬を使った作物だけでも、無農薬や有機作物だけでもいけません。

 

一つだけというのは、何か問題があったときに全てがダメになる可能性があります。

何かあったときに、それを補うことができるように多様性を維持していくことが重要です。

 

私たちが毎日安全に畜産物を食べていけるのは、畜産農家や産業動物獣医師が日夜
奮闘して健康な産業動物を育て、安全なお肉や乳、卵を生産しているおかげです。

産業動物獣医師がいなければ、家畜が健康に育つことができずに農家の経営が行き詰まり、
毎日当たり前のようにして手に入れている新鮮な畜産物を食べることも難しくなります。

畜産や食を守ることは、国民が生きていくには必須であり、
国の根幹をなすものであると思いませんか?

 

そういったことを国や行政は理解して、数十年、百年先も見据えた産業の振興や育成が必要です。

大学や関連団体も、獣医師を志す学生にとって、業動物獣医師が魅力ある職業になるように、
教育を改善していく努力が必要だと思います。

 

公務員獣医師

公務員獣医師には国家公務員と地方公務員があり、前者は農林水産省や厚生労働省、
後者は都道府県や市町村の獣医師になります。

 

国家公務員には担当によって様々な役割がありますが、検疫所(厚生労働省)や
動物検疫所(農林水産省)に所属して、輸出入される動物や畜産物、食品の安全性を検査し、
まさに水際で食品の安全性を獣医師が確保しています。

国家公務員は毎年数名の応募であり狭き門です。

 

昨今取り沙汰されることが多かったのは、地方公務員獣医師の不足問題です。

獣医師のどの職域にも比較的共通していることですが、公務員獣医師にも地域格差があり、
首都圏、大阪、京都、愛知といった都市は人気がありますが、地方によっては
採用がままならないとことがあるというのが実情です。

 

公務員獣医師の待遇が問題視されることが少なくありませんが、公務員ということも
あって収入は安定しており、福利厚生も充実しています。

そのことから女性には人気がありますし、職場によっては休暇を取りやすいことから、
長期休暇をとって趣味や海外旅行を楽しんでいる獣医師もいます。

 

この点は小動物臨床獣医師にはない魅力のようで、卒業後に動物病院に就職したけど
公務員試験を受けなおして公務員獣医師となる獣医師も毎年けっこういます。

 

反対に、公務員獣医師にとっては、せっかく獣医師になったのに資格が全然活かされない、
行政特有の事務処理に時間がかかる、といった不満から公務員を辞めて小動物臨床獣医師
になる獣医師もいます。

 

公務員獣医師は配属される部署によって業務が非常に多岐にわたり、本庁、動物愛護センター、
食肉衛生検査所、家畜保健衛生所、動物園などがあって、数年ごとに異動も頻繁に行われます。

色々な経験ができることは、公務員獣医師の魅力だと思います。

 

食肉衛生検査所では、畜産農家が大切に育てた家畜を一頭一頭丁寧に検査しており、
食品としてスーパーや飲食店に出回るには、食肉衛生検査所で獣医師の検査を
受けなければなりません。

家畜保健衛生所は家畜の伝染病の流行を防ぎ、畜産農家に衛生指導をしています。
昨年から岐阜で発生している豚コレラについても、家畜保健衛生所の職員が対応しています。

これらは産業動物臨床獣医師と同様、産業動物に関わる重要な職域です。

 

一方、公務員獣医師にはその他にも様々な役割があります。

飲食店や食品を製造するお店を始めるときには営業許可を受ける必要がありますが、
食品衛生監視員という、保健所に所属する獣医師が、営業の許認可に関わっています。

食品衛生監視員の業務の中には、収去検査といって、お店に出回っている様々な食品を
抜き取り、食品が衛生的に取り扱われているか、安全性に問題はないかなどをチェック
しています。ほかには食中毒発生時の調査、行政処分、検査にも関わっています。

 

また、保健所には環境衛生監視員と呼ばれる獣医師もいて、旅館、興行場(映画館など)、
公衆浴場、美容所、理容所、クリーニング所の開設時の許可や立ち入り検査、
衛生指導にも関わっています。

他にもビルや特定建築物、プール、墓地や火葬場の衛生指導など、
極めて多岐にわたる業務を行っています。

といってもこれら全てを獣医師が独占しているわけではなく、
薬剤師など他の資格を持つ専門職の方もいます。

 

公務員獣医師は、確かに地方によっては定員割れのところが多く、対策として少しでも
待遇を改善ようとしている自治体もありますが、ほとんど効果はないようです。

一方、公務員に対する市民の目、苦情処理、行政としてのコンプライアンスなど、
公務員獣医師が置かれている現状は厳しいものもあります。

 

公務員獣医師問題の根本には、公務員獣医師としての魅力に加え、
一般の方の認知度の低さがあるのではと思います。

しかし、それよりももっと大切と思っていることがあります。

それは、
獣医師という専門職に捉われることなく、獣医師が行政にもっと深く関わっていくべき

だというところです。

 

獣医師が専門職の垣根を越えて行政に深く関わっていかない限り、
現状は変わるものではありません。

獣医師には、市民が安全に生活していけるように、陰で支えている多くの役割があります。

獣医師が行政の取り組みに積極的に関わるということは、市民の安全に直結することであり、
それが地域活性化にもつながっていくものと思います。

そのような取り組みによって地域に魅力が生まれれば、
公務員獣医師不足も少しは解消されるのではないでしょうか。

 

そのためには、私たち獣医師が意識を変えていく必要があります。

獣医師が処遇改善を自治体に訴えるばかりでは、また、自治体にとっては
獣医師が来てくれないと嘆くばかりでは、何の解決にもなりません。

獣医師が行政や自治体を変えていくという意識が必要であり、
そのためには大学での教育が大きな役割を果たすものだと思います。

 

そして、行政というとどうしても閉鎖的というイメージが拭えませんが、
公務員獣医師も同様で、なかなか他分野の獣医師とオープンに交流することが
難しいところがあります。

公務員獣医師の魅力や存在意義を高めていくためには、獣医師の官民交流も必要であり、
それが市民へのアピールになり、しいては待遇改善につながっていくのではないでしょうか。

 

ライフサイエンス、大学

近年の分子生物学の目覚ましい発展により、研究はどんどん細分化が進み、
分野の垣根がなくなってきています。

これは獣医学の基礎研究においても同様です。

 

私は獣医病理学をとおして色々な基礎研究にも関わっていますが、他分野の研究者と
交流していると、獣医学の基礎研究が遅れをとっていると痛感します。

研究の垣根がなくなってきている現在、獣医学の中だけでなく、積極的に他分野にも
出ていくべきであり、他分野の知識を取り入れていく努力がもっと必要かと思っています。

医学、薬学、歯学、栄養学など他分野で活動している獣医師はいますが、
まだまだ少ないです。

 

基礎研究の分野では年々、実験動物の使用数を減らす、他に代替法があれば置き換える、
やむなく実験動物を利用する場合も苦痛を極力軽減させる、という方向になっていますが、
それでも生命現象の解明や医薬品をはじめとする化学物質の開発には、
まだまだ実験動物の使用が欠かせません。

実験動物を利用するには獣医学的管理が当然必要になりますが、それでも獣医学以外の
分野では獣医師が関わることなく、実験動物が利用されていることが多くあります。

そういったところも獣医師がまだまだ責任を果たしていかなければならないところです。

 

研究といえば大学教員によるものが大きいですが、

獣医学部の大学の先生と話をすると、講義や実習が忙しくて研究の時間が取れない、
という声をよく聞きます。

私はこれにはけっこう違和感があります。

大学の教員が第一義的に考えなければならないのは、本来教育のはずです。

 

今回、様々な獣医師を取り上げましたが、広く社会で活躍することができる獣医師を
育てるのは、大学に課せられた最も大きな使命です。


獣医師が足りる、足りないはそんなに大きな問題ではありません。
目まぐるしく状況が変わっている現在、人や社会から獣医師が本当に必要とされるように
なるには、今まさに獣医学教育の質の向上が必要です。

そして、すでに卒業してそれぞれの職域で活動している獣医師も、そのようなことを常に考え、
状況を改善していく努力が求められると思っています。

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最近、増えすぎた野生鳥獣の有効活用や地域振興、あるいは健康志向の高まりなどから、
ジビエ(野生鳥獣のお肉)という言葉をよく耳にするようになりました。

 

街中を歩いていても、ジビエを提供するお店が増えていると実感します。

ジビエに限らずその他の食品についてもいえることですが、流行になればなるほど
色んな食材が流通したり様々な情報が出回ったりして、
何らかの問題が発生することが懸念されます。

 

お店で売っているものや飲食店で提供されているものなら、
無条件で安全だと思い込んでいませんか?

 

私たちが普段食べている家畜(牛、豚、馬、羊、山羊)については、
と畜場法という法律に基づいて、定められた場所で
1頭ごとに
と畜検査員と呼ばれる獣医師によって検査が行われます。

 

と畜場に搬入された家畜は、
生体検査(生きている状態での検査)
解体前検査(と殺された後、解体される前の検査)
解体後検査(解体後の内臓や肉の検査)
精密検査(必要に応じて)

という何段階もの検査を経て、安全が確認されたものだけが
食肉としてスーパーや飲食店などに出回ることになっています。

 

また、鶏、アヒル、七面鳥といったいわゆる家禽(かきん)についても、
食鳥処理の事業の規制及び食鳥検査に関する法律という法律に基づいて、
1羽ごとに適切な方法で処理することが定められています。

家禽では、大規模な食鳥処理場に限って食鳥検査員と呼ばれる獣医師が
検査をすることになっています。

 

家畜や家禽の食肉の安全性を確保することはそれだけ大変ということですが、
それでも毎年のように食中毒が発生しています。

 

ところがシカやイノシシをはじめとした野生鳥獣については、
これらの法律に規定されていません。

 

現在、そしてこれからのジビエの普及状況を考えると、
ジビエの安全性をもっと真剣に考えなければならないのかもしれません。

それは、ジビエを処理する側にとっても、消費する側にとっても重要です。

 

消費者の視点では、

・中心部まで十分に加熱すること(しっかり加熱されたものを食べること)

・調理器具を分けること

・使用した調理器具はしっかり洗浄、消毒すること

ジビエを調理する、または食べるときに大切なことはこの3点です。

 

これらは牛や豚、鶏の肉を食べる際の注意点と同じですが、
家畜でさえ毎年のように食中毒が発生しています。

野生鳥獣の場合は、どんな病原体を保有しているか分かりません。

そのためより一層注意を徹底してください。

 

食中毒でとくに頭に入れておいてほしいことは、

自分自身はたとえ大丈夫だとしても、子どもやお年寄りでは、より少量の菌量で
発症することがあり症状も重症化しやすい、ということです。


最近では免疫抑制剤などを長期間服用していたり、様々な慢性疾患を抱えている
患者さんもたくさんいらっしゃいます。
そういった方たちも同様に注意が要ります。

 

自分しか食べておらず健康状態に問題がなかったとしても、糞便に排泄された
病原体が周囲を汚染して感染が拡がる場合もあります。

それがまわりの子どもやお年寄りに感染したらどうなるでしょうか。

食中毒の本当の怖さは、このようなところにあると思います。
そう考えると、生では決して食べられるものではありません。

 

自宅で調理する場合はもちろんですが、お店で食べるときも、
お店だからと安心はせず、しっかり加熱されていることを確認してください。

 

野生鳥獣の解体

次はジビエを解体、処理する側の視点で考えます。

最近では狩猟ブームもあいまって、野生鳥獣を解体したという記事を
SNS
はじめ色々なところで目にするようになりました。

 

上述したように、家畜や家禽については法律で定められた場所や方法によって
処理され、獣医師が安全性を確認しています。

 

厚生労働省や農林水産省、いくつかの地方自治体では、ジビエを安全に処理するための
ガイドラインやマニュアルを作成していますが、そこまで厳重な規制はありません。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000032628.html

http://www.maff.go.jp/j/seisan/tyozyu/higai/h_manual/h23_03/

 

しかし、ジビエの食肉を販売する目的で解体、処理、または加工などをする場合には、
食品衛生法に定められた食肉処理業、食肉販売業、食肉製品製造業などの営業許可を
受ける必要があります。

 

野生鳥獣解体の注意点を、獣医師であり動物の死体を扱う獣医病理学専門家の
視点から考えます。(ただし、だいぶざっくりした説明です)

 

と畜検査にならって、ジビエも同じように考えてみます。

狩猟 → 生体検査 → 解体前検査 → 解体後検査

 

家畜とは違って野生鳥獣の場合には、狩猟の種類、放血の方法、搬送、さらには
屋外で実施するか屋内で実施するかなど、他にも考慮すべきことがたくさんありますが、
私は狩猟の現場を知らないのでここでは言及しません。

(この記事を読んでくださった方で詳しい方がいらっしゃいましたら、ぜひ教えてください。)

 

解体にあたって重要なことは、作業者の安全を確保しながら、食べる部位であるお肉、
そして周りの環境を微生物によって汚染されないように、
どこがきれいでどこが汚いかを常に頭に入れておくことです。

 

まずは作業者が体調不良でないことが大切です。

体調が悪いと自身が何かに感染する危険性が高まりますし、
肉や周りの環境を汚染してしまう可能性も高くなります。

 

野生動物が保有している微生物を肉に汚染させないことはもちろんですが、自分自身が
保有している微生物で肉を汚染しないようにすることも同じくらい大切です。

 

そのため、十分に手洗いと消毒をした上で、清潔なビニル手袋、腕カバー、マスク、
作業着、前掛け、帽子、長靴等を着用します。

使用する解剖刀などの器具も洗浄・消毒されたものを使用し、作業中も常に洗浄・消毒
しやすいように熱湯消毒槽を設けるのが理想ですが、それが難しい場合はきれいな
解剖刀を何本か用意しておくことです。

 

解体では、どこが最も汚染度が高いかを理解することが大切です。
①体表(皮膚や毛)、②消化管の内容物(糞便含む)、③血液 の3

これらに病原体が含まれる可能性が高いため、
そこから食べる部位である筋肉を汚染しないようにすることです。

 

皮膚から内臓、そして筋肉と、別の部位を切るごとに刀を洗浄・消毒する、

あるいは皮膚を切ったのとは別の刀で内臓を切り、内臓を切ったのとは
また別の刀で肉を分ける、といった細かな配慮が必要です。

 

生体検査

と畜場に搬入された家畜はまず、生きている状態で外見を観察したり直接触れたりして、
明らかな病気にかかっていないか、行動に異常がないかなどをチェックします。

この段階で不合格のなった場合は、と殺禁止となります。

 

野生動物でも同様に、捕獲前から死亡している個体、異常行動または外見上明らかな
異常が見られる個体は、何らかの病気に罹っている可能性があるため、
食用目的で狩猟対象とすべきではありません。

 

搬送前にダニ対策

ここ近年、重症熱性血小板減少症候群(SFTS)が問題となっています。

SFTSはウイルスを保有したマダニに咬まれることによって感染しますが、その他にも
ダニが媒介する感染症(日本紅斑熱、ツツガムシ病など)はいくつかあります。

 

野生動物の体表には普通にダニがついており、ダニが様々な病原体(未知のものを含む)
を保有している可能性があります。

野生動物に付着したダニに作業者が咬まれないように、また、
ダニを食肉処理施設等に持ち帰ってしまわないように注意する必要があります。

 

ダニ対策として、搬送する前に体表面をバーナー等で炙ることが最も現実的でしょうか。

(実際に作業をされている方のお話をお聞かせください)

 

解体前検査

解体場所に搬入した野生動物は、解体する前に、もう一度外見をよく観察します。

 

ジビエの各ガイドラインにも記載されていますが、

・著しい脱毛がある

・下痢便で体表が汚れている

・極端に痩せている

・水ぶくれやただれ、膿、著しいカサブタや外傷がある

・色がおかしい

・表面に盛り上がる結節がある

・奇形がある

・その他外見上明らかな異常がある

こういった個体は食用として適しません。

 

外見上で観察するポイントは

①体格②栄養状態、③被毛、④皮膚、⑤外部寄生虫(ダニ等)、⑥天然孔・可視粘膜

6つです。これらについて、

頭 → 首 → 胸 → 前足 → 腹部 → 後ろ足 → お尻や尾

という流れで順序立てて見ていけば、観察漏れはありません。

 

天然孔は口、鼻、目、耳、肛門、外部生殖器など、体の内部への出入り口となるところ

可視粘膜(かしねんまく)は、口腔粘膜や結膜といった、天然孔にあって
外から観察できる粘膜のことです。


解体前には外表面の皮膚だけでなく、天然孔や可視粘膜もよく観察して、
出血、異常な分泌物や液体、傷、膿、結節がないかをよく観察します。

 

解体後検査

解体前検査で問題がなければ、実際に解体作業に入ります。

解体では、①皮膚を剥いで、②内臓を摘出して、③枝肉を分けますが、
それぞれの工程ごとに異常がないか観察していきます。

 

剥皮

通常の病理解剖でも、皮膚を剥ぎながら皮下の状態を観察します。

ヒトと違って動物は、全身が被毛に覆われているため、体表を観察しただけでは
皮膚の状態がよく分かりません。

そのため、動物では皮膚を剥ぎながら、内出血がないか、変色していないか、
外傷や膿がないか、などをチェックしていきます。
同時に、体表にあるリンパ節も大きくなっていないかなどを確認します。

 

内臓

内臓は心臓、肺、脾臓、舌から肛門までの消化管、肝臓、膵臓、お腹の中のリンパ節、
腎臓などの臓器を一連の流れで観察していきます。

 

各臓器について、以下の順番で見ていきます。

1.    位置(または相互関係)の異常:本来あるべきところに臓器があるか

2.    形の異常:変な形になっていないか

3.    大きさの異常:極端に大きい、または小さい

4.    色の異常:臓器の固有色、血液の量、異常に蓄積した成分で色が変わる

5. 質感の異常:かたい、やわらかい、水っぽい、もろい

6. 内容物の異常:消化管の内容物が水っぽい、出血、異物など

7. においの異常:アンモニア臭(尿毒症)、酸臭(胃破裂)、腐敗臭(腐敗や感染症)

 

ここで臓器の異常をよく観察することは重要ですが、あまりベタベタ触り過ぎたり、
刀で切ったりすることは、肉を汚染させることにつながりますので避けてください。

 

枝肉

ここまでの確認を終えてようやく、最後に枝肉の確認です。

実際に食べる部位になるので、ここでは手袋や器具なども全て交換するか、綺麗に
洗浄、消毒します。
また、肉だけでなく、周りの脂肪や結合組織、骨、関節、
リンパ節なども異常がないか見ていきます。

 

以上の一連の流れで異常が見つかった場合、牛や豚などのと畜検査では、
観察された異常によって、一部を廃棄するか全てを廃棄するかが決定されます。

 

野生鳥獣の場合、現状では少しでも異常がある場合には、
食用にしない方がいいかもしれません。

(実際に解体されている方がどのように判断されているか、ぜひ教えてください)

今後情報が集積され、明らかに限局的な異常であることが分かった病変については、
一部を廃棄するだけで対応できることもあると思います。

 

野生鳥獣を安全に解体するためには異常を見つけることが重要ですが、
異常があるかどうかは、それがどのような病変であれ、
見慣れればだいたい判別がつきます。
問題となるのは、異常が分からないというよりも、見落としていることにあります。

見落としがないように、できるだけ毎回同じ手順で解体をすることがポイントです。

 

精密検査

と畜検査では主に肉眼での観察によって異常を確認していますが、
肉眼では判断が難しいことがよくあります。

その場合には、廃棄するかどうか判断を保留して、微生物検査、理化学検査、
病理検査など、より詳細な検査を実験室レベルで実施します。

 

しかし、ジビエの場合にはこのような精密検査が難しいのが現状であるため、
判断に迷った場合にはやはり廃棄になります。

病理検査は野生鳥獣も含めて私のところで対応できますので、お気軽にご相談ください。

 

野生動物については、実は獣医学の中でも(特に国内では)
これまでどのような病気があるかあまり調べられることがありませんでした。

 

ジビエに限らず、ここ最近の豚コレラ、高病原性鳥インフルエンザ、SFTSなどの
状況を考えると、私たちは野生動物の病気について、もっと関心を示さなければなりません。

 

ヒトの健康を守るには、動物や環境も健全な状態でなければならないとする
One Health」という考え方があります。


One Health
を実現するキーワードの一つが野生動物であると私は考えており、
野生動物の死体には自然からのメッセージが込められています。

 

狩猟やジビエに携わる方は、野生動物の最前線に立っています。

野生動物の病気を調べるには、そういった方々のご協力が欠かせません。

 

私は獣医病理学専門家であり、獣医病理学は、動物の体に起こっていることを
トータルに捉えることができる唯一の学問です。

これまであまり顧みられることがなかった野生動物の病気を知るために、
もっと野生動物の声なき声に耳を傾けていきたいと思っています。

 

以上、今回はジビエをテーマにしましたが、
私は実際に狩猟や解体がどのようにされているのか分かりません。

よろしければ色々と教えていただけましたら幸いです。

野生動物の解剖や病気に関することはお気軽にご相談くださいね。
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私たちのまわりにはたくさんの動物がいて、意識する、しないに関わらず、
多くの動物たちのおかげで私たちは生活しています。

 

私たちは様々な理由で動物を利用しており、目的に応じて便宜上、
伴侶動物、産業動物(家畜)、野生動物、展示動物などと区分しています。

 

例えば犬は、家庭でペットとして飼育されている場合は伴侶動物になりますが、
盲導犬や警察犬、猟犬などとして利用されていれば使役動物とされることがあります。

 

動物園で飼育されている動物は野生動物と混同されやすいですが、人の管理下に
おかれて飼育されているので、厳密には野生動物ではなく、
動物園動物または展示動物などと呼ばれています。

 

数ある動物の中で、今回は学校飼育動物をテーマとします。
 

学校で飼育されている動物は、ペットや家畜とは少し違います。

子どもへの教育の目的のために学校等で飼育されている動物
が学校飼育動物と言えます。

 

学校で動物を飼うことには、教員の負担、適切な飼育や管理、長期休暇中の世話、
病気や事故の対応、動物アレルギーの児童への配慮、動物福祉など多くの課題があります。

 

しかし、現在では住宅事情や核家族化、ライフスタイルの変化から家庭での動物飼育が
困難な方も少なくありません。

子どもの頃から生きた動物に触れることで、動物の世話を通して責任感を育む、
命の尊さを理解する、自然や生物を大切する、といった子どもの成長にとって
大切な多くのことを学ぶことができます。

 

学校における動物飼育の詳細については文部科学省のホームページに
詳しい資料がありますのでご参照ください。

http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/06121213.htm

 

Benesseによるアンケート調査では、幼稚園・保育園、小学校の半数以上で何らかの
動物を飼育しており、とくにウサギや魚、ニワトリが多く飼育されているとのことです。

https://benesse.jp/kyouiku/201103/20110324-2a.html

 

私は獣医病理学を専門とする獣医師であり、不幸にして亡くなった動物を調べて、
どのような原因で亡くなったのかを明らかにすることが主な仕事です。

過去には学校の先生から遺体が持ち込まれ、学校で飼育されていたウサギ、ハムスター、
ミニブタ、アヒル、インコ、コイなど、様々な動物を病理解剖してきました。

 

病理解剖をご依頼いただいた理由としては、死因が知りたい、人に感染する可能性がある
感染症ではないか、といったところが多いように思います。

死後検査の結果を子どもたちに対してどこまで説明しているか、
といったところはよく分かりません。

 

以前にこのブログでも取り上げましたが、現在は多くの方が病院で亡くなる時代となり、
核家族化が進み、スーパーでは魚の切り身やカットされた食肉など、加工された食品が
定着していることなどから、
「死」がだんだんと私たちにとって身近な存在ではなくなってきています。

http://vetpath.blog.jp/archives/13427503.html

 

家庭の事情などで家では動物を飼えない方もたくさんいることから、
学校で動物を飼育することには大きな意義があると思います。


実際私も子どもを持つ年齢になって、親が動物を飼育したことがないために、動物との
適切な触れ合い方を知らない子どもがけっこうたくさんいることを知りました。

 

みんなで大切に世話をしてきた動物が亡くなることは、子どもたちにとって
大きな悲しみであることは想像に難くありません。

お葬式の場を設けて悲しみを共有し、お別れの機会をつくることは、これまでの
世話を振り返り、また悲しみを乗り越えるためには大切です。

 

しかし小学校の高学年くらいになると、もう少し踏み込んだ「死の教育」
取り入れても良いのではないでしょうか。

どのような原因で動物がなくなったのかを知ること、そして、
人も動物も産まれて成長し老いて病気にかかって死んでいく、
という過程を理解することは、かけがえのない命の大切さに気づくことにつながります。

 

生きていたときは温かかったのに、動物が死亡したら徐々に冷たくなって
筋肉の硬直が始まり、全身が硬くなります。

動物は自分の不調を自ら訴えることができないために、昨日までは元気そうに
見えても、翌日死んでいるということもよくあります。

 

動物の死を目の当たりにする経験によって、命は本当に簡単に亡くなるものだと痛感します。

動物が亡くなった場合、子どもたちに見つからないうちにこっそり遺体を処理する
ということはできれば避けてほしいと思います。

 

死後に病理解剖をすることで、動物がどのようにして亡くなったのか、
何かの病気にかかっていた場合には、どうやって病気と戦ってきたのか、
ご遺体にはそれまで生きてきた証が臓器の異常となって表れています。

 

子どもたちの中には、飼い方が悪かったのかと心配する子どももいるかもしれません。

もし感染症が原因だった場合には、残された動物も同じように亡くなる可能性があるので、
適切な対応が求められます。

飼育管理に原因があった場合は、その反省を活かすこともできます。

 

動物を飼うことだけが教育ではありません。

動物の遺体も大切な教育材料であり、学べることがもっとたくさんあると思います。

 

動物の死から、病気や死に伴う痛みを知ることで、自分や他者を大切にする、
という感情が芽生えるかもしれません。

そうなってくれたら、亡くなった動物も浮かばれるのではないでしょうか。

 

動物が亡くなった際に死を弔うことは重要ですが、ご遺体を校庭などの土に
そのまま埋めるのはやめてください。

野生動物が掘り起こす場合がありますし、感染症の場合は衛生的に問題があります。

 

自治体に相談して火葬してもらうか、近くの動物病院や獣医師会に相談して、
動物火葬業者を紹介してもらってください。

後者であれば遺骨として返ってくるので、大切に置いておくこともできますし、
校庭などに埋葬することもできます。

 

「死」に対する理解を深めることは、
翻って考えると「生」や「命」を考えることにつながります。

死が身近な存在ではなくなった現在、学校で動物を飼育することは、
子どもたちにとって貴重な死別体験をすることになります。

 

動物の死のプロセスを説明することで、死がどのようなものか理解し、
死を受け入れ、痛かったのか、苦しかったのかを考えてもらう経験をすれば、
自分や他者を大切にする気持ちも生まれるのではと思っています。

 

よろしければ教育関係者の皆さんのご意見をお待ちしております。

そのような取り組みが受け入れられるのであれば、ご遺体の死後検査(病理解剖)、
動物の死について子どもたちへお話することなど、できるだけ協力したいと思います。

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