病理検査、病理解剖をとおして様々な動物の病気を調べていく中で、色んな動物の死因や病気、異常な現象などについて、相談を受ける機会があります。

 

今日は王蟲(オーム)の眼が赤くなる現象について、病理学的に考察してほしいとの声をいただきましたので、それについて考えます。

 

一般的に王蟲は怒りによって眼が赤くなり、攻撃的になって集団で暴走することが知られています。

だいたいの動物を解剖したことがある私ですが、実は王蟲はまだ解剖したことがありません。

 

初めて経験する動物の病気を調べるとき、とくに解剖学的または病理学的な情報に乏しい動物の場合は、経験のある動物から似ている部分はないかと考えるところから始めます。

王蟲の場合は、外見上の特徴から節足動物に近いように思います。

 

体の色が変わり、性格に変化がみられるということ、また集団ということなどから、王蟲の眼が赤くなる現象は、ウイルス感染によって起きているのではないかと私は考えました。

 

ウイルス感染で体の色に変化がみられるというのは、節足動物では青いダンゴムシが有名です。他にもウイルス感染で色が変化する昆虫がいくつか知られています。

ダンゴムシが青くなる現象は、イリドウイルスというウイルスがダンゴムシの細胞の中で増殖し、ウイルス粒子が結晶状に配列して可視光が回折することで生じます。

 

しかし、王蟲では眼だけが赤くなって、体全体の色が変わるわけではありません。

王蟲の場合、皮膚の発達が顕著なことから、眼以外の部分では体の中の色が反映されていないのかもしれません。

実際、通常の王蟲の眼は青い色をしています。これは、節足動物や軟体動物には青い体液をもった動物がいるのと同じように、王蟲の体液の青い色を示しているものと思います。

 

微生物の感染によって行動が変化したり攻撃的になったりすることは、節足動物に限らず様々な動物でみられます。哺乳類でも狂犬病ウイルスに感染して攻撃的になることはよく知られています。

宿主の行動が変化することで、病原体にとっては新たな宿主に感染する機会が増えることになります。王蟲が群れるというのも、ウイルスにとっては別の宿主に感染するための有利な条件になっていると思います。

 

怒りを感じることで、何らかの要因によってイリドウイルスのようなウイルスが王蟲の体の中で爆発的に増殖し、色が赤く変化すると考えました。それでは、なぜ怒りによってこのような変化に生じるのでしょうか。

 

私たち人間の体の中には、腸内や皮膚などにたくさんの共生細菌が存在します。腸内細菌をはじめとするそれらの共生細菌は、最近では様々な病気との関連性が指摘されており、私たちの健康にとって重要な存在です。

 

昆虫などの節足動物にも共生細菌が存在することが知られています。これらは節足動物の生存や栄養、免疫、生殖、体色の変化など、様々な役割を果たしているようです。ボルバキアなどはけっこう色々な研究で目にする機会が多いと思います。

 

王蟲にも何らかの共生細菌がいることは当然予想されます。怒りによって共生細菌のバランスが崩れ、それまではおとなしくしていたウイルスが急激に増殖して、眼が赤くなり行動が変化して暴走する。このような仮説を立ててみました。

 

あとは実際に病理解剖して確認してみたいと思います。後学のためにぜひ王蟲の献体にご協力ください。