新型コロナウイルス感染防止の観点から、2メートル程度の社会的距離(ソーシャルディスタンス)の保持が推奨されています。

 

スーパーやドラッグストアなどでは間隔を保つためにテープで印を付けたりされていますが、人によって2メートルは短い、思ったより長いなど、ピンとこない方も多いと思います。

 

動物の病理解剖では、五感を駆使して臓器に表れる異常な変化(病変)を観察し、それを言葉に変えて記述していきます。

解剖の場にいなかった人が後からその文章を見ても、病変をありありと頭に思い浮かべることができるように記述する必要があります。

病理解剖は、「病変を言葉で撮影」しているのです。

 

病理解剖で病変の大きさや長さを記録するときには、定規やノギスなどを使って計測します。

 

しかし、メダカからアフリカゾウまで様々な動物の、多様でときに不規則な形をしている臓器の病変の表現として、実測値を示すだけでは分かりにくいことがしばしばあります。

 

病理解剖で観察される大きさや形、色、質感などは、即物的に自然界にあるものにたとえた方が、分かりやすい簡潔な表現になることが多いものです。

 

2メートルという社会的距離を、自然界にあるものにたとえてみましょう。

 

様々な動物を解剖してきた経験から、猫の腸管(十二指腸、空腸、回腸、盲腸、結腸、直腸)の長さがだいたい2メートルかそれに足りない程度という実感です。肉食動物である猫は消化しやすい食物を食べていることから、非常に短い腸をしています。猫よりも雑食傾向が強い犬では、もうちょっと腸が長くなります。

 

一方、コアラの盲腸はものすごく発達していて2メートルもあります。せいぜい1cmくらいかほぼないに等しい猫の盲腸と比べると、コアラの盲腸はとても長いです。ユーカリというエネルギーを得にくい植物を食べているコアラは、長い盲腸にたくさんの微生物がいてユーカリを効率良く消化しています。猫の腸が2メートルって聞くと短いと思うけど、コアラの盲腸が2メートルと想像したら長いと感じませんか。

 

先日解剖したかなり大きなアオダイショウが、2メートル近い長さでした。

まっすぐ伸びているヘビを見る機会は少ないので、2メートルのヘビといわれてもピンとこないですね。ちなみにヘビを解剖する際は、頭部の取扱いにはお気をつけください。鋭い牙があって、ほんのちょっとかすっただけでも出血します。私も一度不注意で指に刺さったことがありますが、毒ヘビじゃなくて良かったです。

 

その他の動物でたとえると、コウノトリの翼を広げた長さ(翼開長)がだいたい2メートルあります。これも実感がわきませんが、動物園でコウノトリを見かけたときにぜひ観察してみてください。

 

最近、無脊椎動物の病気を調べていました。無脊椎動物で2メートルいえば、最大のナマコといわれているオオイカリナマコが2メートルかそれ以上あります。目にする機会が多いマナマコが2、30cm程度ですので、2メートルのナマコと想像すると相当長いです。しかし、ナマコは伸び縮みが激しいので、2メートルの目安とするには少し難しい気がします。

 

細長いものの代表である寄生虫ではどうでしょうか。

マンソン裂頭条虫がだいたい1から2メートルあります。これが日本海裂頭条虫や広節裂頭条虫になると、最大で10メートルにもなります。ただ、寄生虫も長さにかなり幅があります。

 

動物で2メートルをたとえるとイメージがわきにくいようなので、次は私たちの体にあるもので2メートルを探してみましょう。

 

私たち人間の一つ一つの細胞には46本の染色体があって、そこには遺伝子が巧妙に折りたたまれて存在しています。この46本の染色体に含まれる遺伝子を伸ばすと、だいたい2メートルといわれています。実感がわきませんが、とりあえず遺伝子の情報量はすごいと思います。

 

その他には、腰から足にかけて伸びている坐骨神経がだいたい1メートルです。坐骨神経は私たちの体の中で最も長い末梢神経であり、左右にあるので2つの坐骨神経をつなげたらだいたい2メートルですね。ただ、坐骨神経も全長をこの目で見る機会はないので想像はつきにくいです。

 

以上、2メートルのものを色々と比較してみましたが、ものによっては短いと感じ、またあるものはとても長いと感じます。人によって感じ方も様々だと思います。2メートルの猫の腸は短いけど、2メートルもある人間の遺伝子はとてつもなく長いです。

 

2メートルという同じものを想像したとしても、どういう立場で見ているかによって見方がだいぶ変わってきます。2メートルを実感するには、色々な方向から見る必要がありそうです。

 

これはどんなことにも言えることだと思いますが、「全体の中での立ち位置を確認する」、ということが非常に大切だと考えています。自分にとってはこう思うけど、相手にはどう見えているか、さらにもっとひいて全体から見たらどのように映っているか。

色々な視点を持つことで、見えるものも変わってくるのではないかと思います。

ちなみに私が外に出て社会的距離を意識するときは、心の中でTT兄弟を想像しています。見知らぬ他人 もTT兄弟をやっていると思ったら可笑しくてちょっとニヤついてしまいますが、マスクをしているのでバレていないはず。