ものすごく想像上の話をします。

 

ゲゲゲの鬼太郎に登場する目玉おやじがよく浸かっている茶碗風呂には、ダルベッコ改変イーグル培地が使われているのではないでしょうか。

 

ダルベッコ改変イーグル培地(英語の頭文字をとってDMEM)は、RPMI1640培地と並んで使用されることが多い細胞培養用の培地。実験室で細胞を育てて増やすための、アミノ酸やビタミン、グルコースなど必要な成分が入った液体です。

 

目玉おやじはあれだけ眼球がむき出しになっているのだから、ドライアイや角膜炎を予防するために茶碗風呂を好むという見解もあるでしょう。しかし、その割には茶碗風呂に浸かっているのは目玉のところではなく、視神経から分化してできたと思われる体や手足の部分です。

 

目玉おやじは、どんなに踏み潰されてペッチャンコになっても目玉を潰されても、いつの間にか元どおりになっています。そんな不死身の肉体を可能としているのが、損傷によって失われた細胞を効率よく増やすためのダルベッコ改変イーグル培地入りの茶碗風呂だったのです。

 

茶碗風呂に使用されているのが、なぜRPMI1640ではなくDMEMなのかと思われるかもしれません。RPMI1640は、リンパ球のような丸っこくて液体中に浮遊しているような細胞を培養するのに適しているということもありますが、ダルベッコ改変イーグル培地の方が技の名前のようでかっこいいからという単純な理由です。RPMI1640も、ロボットの型式番号みたいで魅力的ではあります。

 

たぶん、私たちが気分によって花の甘い香りや爽やかな森の香りや柑橘系のすっきりしたバブを選択することがあるように、時にはRPMI1640培地やイーグル最小必須培地を選ぶということもあるのでしょう。

 

実験室で細胞を培養するときは、ただ培地を調整してそこに細胞を入れるだけではありません。細胞を効率的に増やすためには、培地のpHを安定させるためにCO2ガスが必要で、FCSと呼ばれるウシ胎児血清を培地に加える必要もあります。

 

一方、目玉おやじの茶碗風呂にはCO2ガスの代わりに妖気が、FCSの代わりに鬼太郎の血清が欠かせません。さらに通常の培養では、細菌や真菌のコンタミネーション(汚染)を避けるために、ペニシリンやアムホテリシンBといった抗生物質や抗真菌剤も添加しなければなりません。しかし、妖気や鬼太郎の血清には細菌や真菌を寄せ付けないような雰囲気があるので、これらは不要でしょう。

 

どんなに物理的な損傷を受けても驚異的な回復力で復活する目玉おやじ。もしかしたら、ES細胞やiPS細胞のように、多分化能があり自己複製能があって、無限に増殖できる細胞が目玉のおやじには存在するのかもしれません。もしそうなのであれば、そのような未分化の細胞から悪性腫瘍ができないかと心配になります。

 

どんなに切り刻まれてもそれぞれの断片から完全な個体を再生できるプラナリアのように、目玉おやじには何か腫瘍化を抑制している因子が働いているのでしょうか。

 

話は変わります。

 

猫には、眼球にFOPTSと呼ばれる悪性腫瘍が発生することが稀にあります。

Feline Ocular Post-Traumatic Sarcomaの頭文字をとってFOPTSFelineは猫、Ocularは眼球、Sarcomaは肉腫で、そのまま訳すと猫眼球外傷後肉腫となるでしょうか。Post-Traumaticとあるように、眼球の外傷や慢性的なブドウ膜炎が原因となって発生します。

 

悪性腫瘍は大雑把にいうと癌(がん)と肉腫(にくしゅ)に分けられていて、表面や管の内面を覆っている上皮から発生する悪性腫瘍が癌、結合組織や骨など非上皮性細胞(間葉系細胞)から発生する悪性腫瘍を肉腫といいます。

 

FOPTSは、外傷や炎症がきっかけとなって目の中の水晶体が損傷し、水晶体の前部にある水晶体上皮細胞が腫瘍化すると考えられています。

水晶体上皮細胞、つまり上皮由来なのに、肉腫っておかしいと思いませんか?

 

詳しいことはまだ明らかにされていませんが、猫のFOPTSは水晶体上皮細胞が上皮間葉転換を起こして肉腫になっているのではないかと言われています。

また技の名前みたいでかっこいい、上皮間葉転換(じょうひかんようてんかん)という言葉が出てきました。

 

上皮間葉転換とは、上皮細胞が本来の特徴を失って、非上皮の間葉系細胞のように変化する現象です。上皮間葉転換は癌の発生、癌細胞の浸潤や転移だけでなく、体の正常な発生や損傷に対する反応にも関わっています。

 

FOPTSは、眼の損傷や炎症、眼内の手術を受けてから数か月から10年、平均7年くらいで発生すると言われています。

 

また、FOPTSと似ている腫瘍として、猫には注射部位肉腫という悪性腫瘍が、注射した部位やその付近にできることがまれにあります。

注射部位肉腫もFOPTSと同じように、注射して数週間から10年かけて発生することがある肉腫です。がんが発生するまでの期間がここまで長いと、なかなか因果関係を明らかにすることも容易ではありません。注射部位肉腫は、注射による炎症反応が腫瘍になるきっかけと言われています。注射部位肉腫は何度手術で切除しても再発を繰り返すことがあり、なかなかやっかいな病気です。

 

FOPTSにしろ注射部位肉腫にしろ、猫にはちょっと変わった腫瘍が発生することがあります。猫の細胞には、炎症や刺激によって腫瘍化しやすい何かが隠されているのでしょうか。

また、同じ腫瘍でも動物種によって腫瘍の特徴や腫瘍細胞の顔つき、挙動が異なります。犬と猫を比べてもやはり違います。最近では、鳥類、爬虫類、両生類、魚類などでも腫瘍を診断する機会が増えてきました。動物園でもがんにかかる動物が多くなっています。

目玉おやじの話から、猫の腫瘍の話になりました。
それでは、ゲゲゲの鬼太郎に登場する猫娘はどうなのか。
この話はまたの機会に。