獣医病理学者Shinのブログ

動物の病気あるいは死体の専門家からみた、色んな動物や科学に関すること

カテゴリ: 出張、学会

東京で開催された日本臨床獣医学フォーラム(JBVP)の年次大会に参加してきました。

今年で20回目の記念となる大会で、いつもより気合いの入った大会だった印象です

この学会のすごいところは、獣医師だけでなく、動物看護師やトリマー、さらには
一般市民の方も参加ができ、それぞれに豊富な講義が用意されていることです。


ここまで様々な立場の人が一堂に会する学会は少なく、まさに一丸となって
伴侶動物医療に立ち向かうという強い意志を感じます。

 

国内には獣医師を養成する大学が17つあって、毎年およそ1,000人の獣医師が誕生し、
その内だいたい
4割近くが伴侶動物獣医療の道へ進みます。

大学関係者の努力もありますが、残念ながら現状では大学によって得意な診療科目に
差があり、それが臨床教育の差につながっています。

 

その差を埋めるべく卒業教育の機会を作っているという意味でJBVPが果たしている役割は
非常に大きく、まさに臨床獣医師の道しるべとなってくれていると思っています。

 

私は獣医病理学が専門のため普段は、

①顕微鏡を見る、②動物の剖検(死後検査)、③実験に明け暮れています。

 

ただし獣医病理診断は、ただ顕微鏡を見て病気の診断をつけるだけではありません。

病理診断のためには、動物にどのような症状があり、どのような治療がなされ、
どのような目的によって病理検査を依頼されたのかを知る必要があります。

 

獣医病理医は顕微鏡を見てるだけと思われがちですが、病気の原因やメカニズムを考える
ためには、臨床に関する知識も必要とします。

顕微鏡を見て、絵合わせのように診断をするだけでは、
それこそ
AI(人工知能)でもできることです。

 

確かに顕微鏡を見ていることがほとんどですが、プレパラート標本の向こうには
病気で苦しむ動物がいて、さらにそこには飼い主や臨床獣医師、動物看護師など様々な
人の想いがあるということを忘れたくないと思っています。

 

獣医病理学の立場から伴侶動物医療を下支えしたいという思いから、
臨床に関する知識を得るために私も
JBVPで勉強させていただいています。

 

今回も伴侶動物医療に関する様々なことを学ぶことができました。

特に印象的だったのは、JBVP会長である石田先生の基調講演。

20周年記念ということで、これまでの20年の軌跡だけでなく、
これからの
20年はどうあるべきか、というお話を聞くことができました。

 

過去を振り返るだけでなく、そこから未来を見なければいけない。

そして獣医師は動物を治すだけでなく、動物と人との絆をより強いものにする
努力をしなければならない。

 

伴侶動物診療に進む獣医師は多すぎる、動物病院は飽和している、犬猫の飼育頭数は
減っている、、、などといった悲観的な意見も時々聞かれますが、動物を治すだけが
獣医師の目的ではありません。

人と動物の絆をより強いものにすることで、人や社会への貢献を果たす。

そう考えると、伴侶動物医療の分野もまだまだやるべきことがたくさんあると
思えてきました。
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今週はじめは、日本獣医学会の学術集会のためつくばまで行ってきました。

ちなみに混同されがちですが、日本獣医学会と日本獣医師会は全く別の組織です。

 

獣医学会では解剖学、病理学、寄生虫学、微生物学、公衆衛生学、野生動物学、臨床
・・・などいくつかの分科会に分かれており、それぞれの分野で最新の研究発表を
通してお互いに議論を交わします。

 

研究者にとっては日頃の研究成果を発表できる場であり、学生にとっても
学生生活の集大成である卒業論文を発表する貴重な場となっています。

 

この学会の特徴は、同時進行であるものの様々な分野の研究が発表されている
ことにあります。これだけ多分野の研究者が一堂に会する学会はありません。

 

私は病理分科会に所属していますが、他分野の研究者とも直接交流できる貴重な
機会となっています。

病理分科会の中でも産業動物、伴侶動物、野生動物実験動物など、
様々な動物を対象とした研究発表があり、大変勉強になりました。

 

一方で、近年の研究の傾向としてどうしようもないことですが、同じ学問分野の
中でも専門化・細分化が進み、研究がどんどん細かくなっています。

 

学問の発展のためにはとても重要なことですが、少しでも自分の専門から外れると、
聞いていても正直よく分からないことも多々あります。

(それはそれで新鮮なので、自分の研究に応用できないかと考えるきっかけにもなりますが)

 

科学の発展、獣医学の進歩を通して人や動物、社会、環境に貢献すること

これが学会やそこに所属する研究者、獣医師の使命であると考えています。

その目的を達成するためにはどんどん細かいところまで明らかにしていく必要があります。

 

ただし、全体を見渡すことも忘れてはいけないと思っています。

近年は遺伝子やタンパク質など、目には見えない分子レベルで様々な異常や病気が
分かるようになってきました。


研究に没頭することも重要ですが、ときどき全体を俯瞰して研究の方向性は
間違っていないか、社会貢献を果たせているかなどを確認しなければいけません。

 

病気は現場で起きている

 

研究室で病気の研究をしているだけでは分からないことがたくさんあります。

大事なのは、現場で何が起きているかを知ること。

伴侶動物だったら家庭、産業動物なら畜産農家、展示動物なら動物園や水族館、
野生動物なら自然環境。

 

現場で何が起きているのかを明らかにするためには、亡くなった動物のご遺体を
病理解剖して、どのような経緯で死亡したのかを明らかにする必要があります。

 

残念ながら上にあげた全ての動物について、現状では死因が十分明らかに
されているとは言えません。

海堂尊さんの「死因不明社会」という著書がありますが、
これと同じことが動物にも当てはまると考えています。

 

この夏は中国でのアフリカ豚コレラの発生、岐阜県で26年ぶりの豚コレラの発生など、
豚の病気に関することが話題になりました。

 

今日のニュースでは、豚コレラが発生した養豚場の近くで見つかった野生イノシシの
死体から、簡易検査で豚コレラウイルスの陽性反応が出たということが報道されました。

https://www.gifu-np.co.jp/news/20180914/20180914-73969.html

 

今回の豚コレラの感染源や感染経路についてはまだまだ詳細な検査が必要なため、
今後の新たな情報を待ちたいと思います。

野生イノシシと養豚場の豚から検出された豚コレラウイルスが同じものであった場合、
野生のイノシシから病原体がさらに拡散されることが懸念されます。

 

今回は養豚場での豚コレラの発生を受けて死亡した野生のイノシシをたまたま
調べた結果、豚コレラウイルスが確認されましたが、これは氷山の一角かもしれません。

ただし、死体からウイルスが検出されたからといって、
必ずしもウイルスが死因となっているとは言えません。

 

現状では野生動物の多くが、どのような原因で死亡しているのか明らかにされていません。

最近では鹿やイノシシが増えすぎて、各地で様々な問題が生じています。
その中の問題の一つとして、野生動物が産業動物や伴侶動物、あるいは人と接触する
機会が増え、病気が伝播されることが心配されます。

 

何か問題が起きてからでは遅すぎます。

病気は研究室で起きているんじゃない、現場で起きている

(聞いたことがあるセリフで申し訳ありません)
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この週末は、野生動物医学会の第24回大会に参加してきました。

獣医には基礎、臨床含め色々な学会がありますが、野生動物医学会は獣医だけでなく、
様々な立場や分野からの参加があるということが特徴です。

 

野生動物を勉強するには、獣医学のみならず極めて学際的な知識が求められます。

 

また、獣医学ではこれまで野生動物があまり重要視されておらず、
獣医学の中の野生動物医学という学問はまだまだ新しい分野です。

まだ若い学会であるため、獣医以外の色々な研究者を受け入れやすいのだと思います。

 

獣医学は歴史的に、軍事目的の馬、畜産業の牛、馬、豚、鶏、そして
伴侶動物としての犬と猫が重視されてきました。

現在でも畜産と伴侶動物は最も重要な位置づけです。


一方、野生動物は獣医学の中でこれまできちんと位置づけられてこなくて、
最近になってようやく認知されてきたという経緯があります。

 

野生動物は家畜や伴侶動物とは違って所有者がいないため、
獣医学の対象としにくかったのかもしれません。

 

野生動物って?

野生動物といえば、動物園のキリンやゾウなどを想像される方も多いと思います。
しかし、厳密の言うと動物園で飼育されている動物たちは野生動物ではありません。

 

野生動物は、人の管理下に置かれておらず、自然界に生息して食物を獲得し、
自由に繁殖している動物です。

 

動物園で飼育されている動物たちは、遺伝子の構造上は野生動物と変わりませんが、
人によって管理されていること、動物園で飼育・展示されているということから
野生動物とは区別され、展示動物と言われます。
飼育下野生動物、または単純に動物園動物といわれることもあります。

 

最近ではアライグマが民家に出没して問題になっていますが、アライグマは本来の
生息地とは異なる場所に生息していることから、厳密には野生動物ではなく、
日本では外来生物あるいは帰化生物などとして区別されています。

 

野生動物の言葉の定義を厳密に考えると非常に難しいですね。

もちろん野生動物学あるいは野生動物医学では、厳密には野生動物ではありませんが
動物園・水族館動物や外来生物なども対象としています。

 

野生動物の獣医師

野生動物の獣医師というと、傷ついた野生動物を治療し、再び野に放つという
イメージがまず思い浮かぶと思います。

でもそれだけではありません。

 

大学や研究所、公的な機関で、野生動物の生態調査、繁殖、生理、遺伝子、感染症、
病気のことなど、野生動物に関する様々な研究や業務をしている獣医師がいます。

 

野生動物の問題というと、従来は開発による自然環境の悪化や生息地の破壊などによって
野生動物がどんどん減って、絶滅が心配されるというものでした。
動物種によっては現在もその状況は変わません。

 

しかし、野生動物をめぐる問題は、近年急速に変化してきています。

ニュースでも取り上げられることが多いですが、ニホンジカやイノシシ、
ツキノワグマによる農業被害が深刻で、人と接触する頻度が高まっています。


その他にも都市に生息するドバトによる糞害、ハシブトガラスによるゴミ漁りや糞害、
カワウによる漁業被害など、各地で人と野生動物をめぐって様々な問題が生じています。

 

従来は野生動物というと生息数が減っているから、何がなんでも
保護しなければならないという考えでした。
 

しかし、近年ではニホンジカように、明らかに増えている野生動物もいます。

増えすぎた野生動物が自然環境悪化の原因となったり、農業被害や人への直接的な
被害の原因となるなど、様々な問題が発生しています。

そのため、最近では野生動物の「保護」に加えて、
「管理」という考え方も一般的になっています。

 

地域によっては増えすぎたニホンジカをジビエとして活用し、
地域活性化のきっかけを作ろうという試みもなされています。

また、増えた背景や原因を考えて、そこから改善する試みもされています。

 

野生動物が人と接触する機会が増えることで、感染症をはじめとする野生動物由来の
病気の発生が心配されます。

とくに、人と動物がともに感染する人獣共通感染症(ズーノーシス)の多くは、
野生動物由来です。

 

数年前から話題になっているSFTS(重症熱性血小板減少症候群)はマダニから感染する
ウイルス感染症ですが、元は野生動物とダニとの間で感染環が成立していました。
その感染環が人の生活圏に近づき、接触する機会が増えたことによって、
ダニを介して人に感染している可能性が疑われています。

 

人と野生動物との距離が近くなることによって、野生動物の病気が人に感染したり、
間接または直接的に産業動物や伴侶動物、動物園・水族館動物にも影響を与える可能性があります。

 

野生動物には色々な病気がありますが、実はまだあまりよく分かっていないのが現状です。

これって結構怖いことだと思いませんか。


野生動物を対象としてウイルスや細菌、寄生虫などの研究をしている研究者はいます。

でも、動物からウイルスや細菌が検出されたからと言って、
それが野生動物の病気や死の原因というわけではありません。

(もちろん健康保菌であっても、人に伝播されるという意味では無視できません)

 

野生動物のことを知るには、周りの環境も含め生態系全体を考える必要があります。
それには獣医学だけでなく、様々な分野の知識を総動員する必要があります。

 

同時に、野生動物の体の中で起こっていることを知るには、
動物の体全体をトータルに捉えて病気の診断をしなければなりません。

 

有害鳥獣駆除やジビエによって処理された動物、あるいは野生動物の死亡個体に対して、
現状ではきちんと病気の検査が実施されていません。
 

人の都合によって亡くなった野生動物の声なき声を聞き、もっとそこから教訓や
メッセージを読み取る努力をしなければいけないと思っています。
野生動物と人がうまく共存できるヒントが、そこに隠されている気がしています。

 

そういうことを考えながら、今日もいろいろな動物の病理検査をしていました。

毎月のように様々な学会に参加して勉強していますが、学会では
日々業務に追われて仕事をしている日常を少しの間離れて、
あらためてゆっくり考える機会が得られます。
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この3連休はうだるような猛暑でしたね。

京都はいま祇園祭の時期で、毎年お守りの粽(ちまき)を買いに
行っていますが、あまりの暑さに今年は断念しました。

 

この週末は、毎年この時期に大阪で開催されるWJVF9回大会に参加して
勉強してきました。
WJVFWest Japan Veterinary Forumの頭文字で、
3日間にわたって臨床獣医師や動物看護師向けのセミナーや実習が行われます。

 

獣医師は国家試験に合格して、免許が取得できればそれで終わり!

・・・ではないんです。医学や科学が日進月歩で発展しているのと同様、
獣医学や獣医療も毎年のように新しい知見が積み重ねられ、進歩しています。

 

数年前の常識が今では非常識になるということも当たり前なので、獣医師には
常に勉強し続けて新しい知識を身につけることが求められます。

獣医師の知識を定期的にアップデートするためのツールとなるのが、学会参加と
専門書(またの機会にご紹介しますが、獣医学の専門書は医学よりも高い)です。

 

悲しいことに、勉強し続けるには非常にお金がかかります。

ちなみに今回のWJVFでは参加費25,000円、講演内容などが収められたテキストを
購入するのに
10,000円かかりました。獣医師の中には休みを取って、さらに自腹で
参加している獣医師もたくさんいます。

 

獣医関連の学会は毎月のようにどこかで開催され、小さな勉強会まで含めると
毎週のようにあります。
学会は勉強だけでなく、自分の研究成果や貴重な症例を発表する場でもあります。
人との出会いもたくさんあり、情報交換や議論を通してお互い刺激を与え合い、
学会での何気ない会話から共同研究の話が持ち上がることもあります。

 

こうして日々いろいろな人と交流していると、研究は自分一人のものではなく、
過去の先人たちが積み上げてきた研究の流れの途中に自分がいて、自分の研究もまた
次の研究へつなげていかなくてはいけないと気付かされます。
一見無意味に見える研究でも、社会に役立つ研究というのはそういうもののことを
指しているような気がします。
ときにはこれまでの土台を壊して、ブレークスルーを起こす必要もあるかもしれません。
そのような場合でも、これまでの研究の蓄積があるからこそ新しいことを成し遂げられるものです。

 

今回のWJVFでは、外科医で医療イノベーターである杉本真樹先生による、
プレゼンテーションに関する講演を拝聴しました。常に新しいことにチャレンジし続け、
精力的に講演活動もされている杉本先生の講義を聞いて、私たちは学会で同業者である
獣医師同士で交流するだけでなく、一般の方にももっと情報発信をすべきであると思いました。
社会貢献や役に立つ研究というのは、そういうところから生まれるものではないでしょうか。


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最後になりますが厳しい暑さが続くため、私たち人ももちろんですが、動物も熱中症には
くれぐれもお気をつけください。

犬を飼われている方は、炎天下の散歩は控えてください。
室内で動物を飼われている方も、しっかり温度調節をして水切れにはくれぐれもご注意ください。
ほんのちょっとの油断が熱中症につながります。

ウサギやチンチラは特に暑さに弱い動物です。
近年ペットとして人気が高いヨツユビハリネズミ。元々はアフリカに生息していることから
暑さに強いと思われがちですが、日本の暑さには耐えられません。
ベランダや庭で水棲カメを飼われている方も、日除けがない直射日光によって
水がお湯に変わるのでご注意を。

 

この暑さはしばらく続きますので、くれぐれもご自愛ください。

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